池本多賀正

1998年、新卒で三菱商事に入社後、食糧本部原糖チームに配属される。
その後、チャレンジポスト制度を活用してメディア・コンシューマー事業本部フードサービス事業ユニットに異動し、2001年よりスマイルズを担当。自ら志願して2004年からスマイルズに出向し、スープストックの運営にたずさわり、30歳の時、常務取締役に就任。
現在は、三菱商事の労働組合委員長を勤めている。

仕事でも趣味でもない、人生の第三の軸として「3rd place」を持つことを提言、実践し、2000年から、フィリピンの孤児院を支援する団体「パラサイヨ」の活動を開始。
その中で、チャリティーマラソン大会「パラカップ」の運営を2005年から毎年おこなっており、個人としても、年に2~3回、トライアスロンのレースを転戦するなどしている。

夢を持ち続けること

(清水宣晶:) たかまさ、前に、
「3rd place」っていう企画をしたことがあったじゃない。
(※仕事でも趣味でもない「第三の場所」を持とうという主旨のイベント)
2004年だったから、もう6年近く前になるかな。
人生で、仕事以外の軸を持つっていうところは、今でもテーマになってる?

(池本多賀正:) それは重視してるね。

たかまさって、そもそも、
かなり仕事のウェイトが高いでしょう。
仕事も完全燃焼しつつ、
更にそれ以外のことも充実させたいってことなのかな?

そうだねえ。
あらためてそう言われると、
どっちも捨てられないっていうのはあるんだよね。

どっちも両方大事にしたいのか。

人間って複雑じゃない?
色んな側面があって、今日求めてたことが、
明日になるとそんなに気にならなくなったよ、
っていう経験はしょっちゅうあるよね。
その多面な「わがまま」みたいなものを、
多面なまま残したいって気持ちがある。

うんうん。

前に、自分が採用活動に関わってた時に、
10代の若い人たちと話しをする機会があったんだけど、
まず、「夢問題」をどうするか、ってことがテーマになってさ。

「夢問題」ね!
それ、面白いテーマだなあ。

そこで、自分なりの回答としては、
夢が無い、とか、夢が曖昧、っていうことはあんまりなくて、
みんなそれぞれ、夢っていうのはあるはずだ、って言ったんだよ。
でもそれが、「夢らしいか」とか、「出来そうか」とか、
「品がいいか」とか、そういうのをチェックして、
夢の候補から外してるだけなんじゃないかと。

「カッコよくないと夢じゃない」、っていうような
思い込みは、結構あるだろうね。

そう、男だったら「カッコいい」っていう基準が大きくあるだろうし、
女の子の場合は、逆に、
あんまり大それたものだと「自分らしくない」、とか。
でもそれは、夢っていうのを考えた時、
ちゃんと捨てずに取っておいたほうがいいだろう、と思う。
あと、10代の夢問題としてよくあるのは、
出来そうにないから、欲望を持つこと自体をやめちゃおう、と。

ああ!
あるね。

そういう夢を思い続けてると、
「いつまでも出来ない負け続けの俺」、
みたいなことになってツラいからさ。
でも、俺が言いたいのは、
「出来なくても、やりたいことはやりたいのである」っていうことと、
あと、「品がなくても、それは夢なのである」っていうことなんだよ。

(笑)それは夢なのである、と。
でも、夢なんて、欲望に正直に言ってしまえば、
品がない夢も当然出てくるよね。

ダメな夢もあるけど、
でもその、ダメ夢も、届かない夢も認めてしまえ、っていうスタンスにする。
出来ないかも知れないし、
残念な夢だって言われるかもしれないけれど、
持つことをやめない、っていう風にすると、
やっぱりどこかでやり始めるんだよ。

なるほどな。
夢がないように思っている人でも、
それは、やりたいことを頭の中から追いやっているだけで、
意識して掘り起こせば、いろいろと出てくるだろうね。

そう、僕は、意識してるから。
むしろ、不自然なほど意識してるかもしれない。
なかったことにするのはやめよう、っていうだけじゃなくて、
意識したほうがいいなーと思ってるから。
そのほうが楽しいし、実際そうなるから、言ったほうがいい。
そうなると、「夢」とか「欲望」っていう言葉じゃなくて、
もはや「予言」。

ぶはははは!
「もう、実現することになっちゃってるから」ってことか。

そう、「もう、決まってるんだよ」っていうスタンスになってくる。
そうすると、どうしても、人生の中の要素として、
仕事とか会社だけでは済まなくなってくるんだよ。

趣味と夢が公共性につながる

「3rd place」っていうのは、
単純に仕事以外の趣味とか夢、っていう以外の定義はあるの?

簡単にいうと、自分の趣味性に合っていて、
しかも公共性が高いっていうことなんだよね。
この、公共性が高いっていうことが、面白いと思っていて。

うんうん。

たとえばさ、この前、
「銀座の倶楽部活動(笑)」を大好きだという人が語ってたことなんだけど、
そういったお店の料金に健康保険が使えるようにならないか、
っていうんだよ。
愚痴が言えて、相談に乗ってくれる女性との会話は、
ストレスを緩和してくれる、
欧米で言えばカウンセリングと同じようなものなんだと。

なるほどなあ!
それは、説得力あるね。

第一印象は、下ネタ。
ただ、とことん突き詰めて考えると、
まともな話しとも言えるじゃないか、と。
例えば、健康保険を使わせてみる実験くらいやってみてはどうかと。
まあ、今回はただのヨタ話しで終ったんだけど、
まれにそういう話しの中に、
本当にそう思えるな、と思えることもあって、
自分にとっての単なる「わがまま」を口に出してみたら、
他の人にも共感されたりして。

そうだよな。
言ってみたら、意外に、
「それ、俺も同じこと思ってたんだよ!」
って人が出てくることもあるだろうし。

多くの人に共感された「わがまま」なら、
「公共のわがまま」だよね(笑)。
そんな公共性にまで繋がってくるネタに出くわすこともあるわけだよ。
この出会い体験って、僕はすごく面白いと思っていて。
発見した時に、手叩いて小躍りしてるわけ。

それは面白いよ。
個人的な夢が、公共性につながった時っていうのは、
これは快感だね。

誰の夢でも欲望でもそうだと思うんだけど、
徹底的に深堀りしていくと、
もう一つ大きな地平が開けることっていうのはままあるわけで、
そういうのが好きなんだよね。
だから、すごく、人の夢っていうものに関心持ってるわけだよ。
「へーー、相当ヘンだね、その夢」みたいな。
どのヘンまでこれ、行くのかな、と。

他の夢でも、
突き詰めていけばそうなるかな?

例えとして、よく僕が出すのが、
少年野球の監督。

なるほど!
それは、すごくわかりやすい。

これは、
僕が考えている世界をもっともよく表しているんだよ。
少年野球の監督やってるお父さんのマイライフと、
イチローの出現っていうのは因果関係があると思っていて。
パラカップで多摩川に行った時に、すごく不思議に思ったんだけど、
この、川沿いで無数におこなわれてる、
少年野球の監督してるお父さんたちっていうのは一体何なんだ、と。

そうだね。
あれって、趣味なのか、それとも公共的な活動なのか、
だいぶわかりにくいゾーンのものだよね。

そう。
これね、民間の会社で運営してるわけでもなく、
政府がやってるわけでもないわけ。
そこがポイントで、金儲けの欲望っていうドライブを使った仕組みでないことは明らかだし、
役所の頭のいい人が考えている、五か年計画とかのメカニズムでもない。
すごい数のお父さんが、週末、美味いビールを飲みたいがために、
自分の子供を持ち上げて、
家族にもある程度の負担をかけて、何年も続けているわけ。
これは、3rd placeっていうことで言うと、
間違いなくエースだね。

エース!(笑)
たしかに、3rd placeっていう概念がすごくよくわかる例だよ。
それは、一番幸せな形な気がするな。
自分の好きなことをやりつつ、
それが根っこの部分で公共性につながるってのはさ。

最初の入口は、
「それ・・そんな欲望の話しかよ」、みたいなことでもよくて。
それが、多摩川の少年野球の活況みたいなものにつながっていくものかもしれないし。
その欲望・わがままがどれだけ多くの人の共感をよぶか(≒射程距離)と、
その度合いがどれだけ大胆か(≒打ち出し角度)。
この2つを見極めるのが面白いと思ってるんだよね。

最初は小さな夢で始まったものを、
どうやって射程距離を長くしようかって考えるってことか。

そうそう。
それが自分にとってのライフワークなわけですよ。

宛先がないありがとう

たかまさの、やりたいことがあったら、
全部やっちゃえばいいっていうのは、特徴的な考え方だよな。
やりたいことって、まだまだ、結構な数あるの?

自分では大した数じゃないと思ってるけど、
はたから見たら多いかもね。
そもそも、増えていくことを喜んでいるし。

そんな感じだよね。

増えていくことって、すごい喜びで。
なかなか本気出して「いいな」って思うことがない中で、
これはなんとかモノにしたいって思えるなんて、
なんて自分ってまだ純粋なんだ!って思えるから。
これだけ世の中の色んな文法がわかってきた上で、
まだそうしようと思うっていうのは、ラッキーだなと思うんだよね。

うんうん。

出来るかどうかは別としてさ、
本当にそういうふうに思えるなんて、感謝したくなるよね。
それこそもっと大きいものにありがとう、みたいな。
宛先がないありがとうだよ。

「宛先がないありがとう」って、
エラい詩的な表現だな!(笑)

いやー、でも、
すごいそう思っちゃうよ。

オレは、やりたいことのリストを書き出しても、
あんまり思い浮かばないんだよなあ。

全部やっちゃってるからじゃないの?

現状で結構満足しちゃってるっていうのはあるんだよ。
でも、そんなんでいいのか、とも思う。

それは、難しいところだよね。
満たされてるってことを早く感じられるのがいいことなのか、
これだけ満たされてもまだ求めてることがあるってのを知るのがいいことなのか。
このレベルになると、唐突だけどダライ・ラマさんと話し合いたくなるね。
(※本名を、ダライ・ラマ14世テンジンギャツオさんといい、講演を聞きに行っちゃうくらい、たかまさが好きな方)

(笑)これはぜひ、お尋ねしてみたいよ。

ダライ・ラマって、今みたいな、
どっちにすればいいんだかわからない、とか、
ホントにこれトレードオフになってるんですけどどうするんですか?
っていうグダグダ系の話しに、
ちゃんと付き合ってくれる賢者なんだよね。

そうなんだ?

質問されたらもっと難しい質問をして煙に巻いたり、
オシャレなこと言ってごまかす、みたいなことがないわけだよ。
すごいカジュアルだし。

みのもんた風に、身近な話しでも
相談乗ってくれそうな親近感はあるね。

そうそう。
僕も動物の勘で、彼の徳が高いってのは伝わってくるんだけど、
そういう方なのに、みんなに目線合わせてくれる人ってすごい少ないと思うんだよね。
「そんなこと勉強したくないかもしれないですけど、一応、
仏教ではそういうことになってますから、興味ある人は読んでね」って。

(笑)予備校の人気講師みたいな感じだな。

そう!
「テストにこれ出ますよ。
でも、世の中、テストだけじゃないんですよぉ。」みたいな。
予備校の人気先生って、そこら辺のバランス感覚、絶妙だよね。
「私の授業で、点数が取れるのはもちろんですが、
奥深い勉強の楽しさを伝えたいんだよなー」とか言う先生が、
浪人時代に予備校にいた記憶がある。
それはやっぱり、ロマンだよね。
彼はそういう、仏教界の人気予備校講師みたいな方なんだよ。
(2009年11月 六本木「どげん」にて)


清水宣晶からの紹介】
たかまさと話しをしていると、彼の中からは熱意とアイデアが奔流のようにあふれ出してくる。それに引きずられるように感化されて、自然とこっちも、どんどんとテンションが上がっていく。これはもう、すごい影響力と吸引力なわけだ。

たかまさは、自分自身の現在を「少年マンガの領域を卒業して、青年マンガの世界に入った」という、とてもわかりやすい言葉で表現していた。「正義・友情・努力」で力押し出来る場所よりも、もっと多様で重層的なステージで今、戦っているんだろうと思う。

理想と希望を胸に秘めつつも、それだけじゃやっていけないということを心底から理解しているのだ。だからこそ、たかまさの語る夢は、清濁を併せ呑んで、地に足をつけながら遥か先まで見通しているような現実感がある。彼の器の大きさというのは、そういうところから自然に生まれてくるものなのだと思う。

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