大野佳祐

転機は19歳のバングラデシュ。
その後の1年間アジア旅を原点に、教育・共育の“場づくり”を志す。
仕事でも仕事以外でも“人とのつながり方”と“情熱着火”がテーマ。
『自分が変われば、世界は変わる』に賛成。
そんな想いでPARACUP運営統括。
趣味は打ち上げ。あは。

アジアへの関心

(清水宣晶:) 今日は、ケイスケのことをよくわかってる、
たっきーをセコンドとして連れてきたよ。

(滝田佐那子:) でも、今日は、
この場の空気感を楽しみたいから、
私は、なるべく横で二人の話しを聞いてるようにする。


(大野佳祐:) たっきーのインタビュー読んだんだけど、
よく覚えてるのは、ウィンドサーフィンで、
海の上にラインが見えるっていう話しで。

「ZONE」の話しだね。

あれって、サッカーにもあってさ。
ここに蹴ると5人くらいの間をスーッてパスが通って行く、
っていう道が見える時があるんだよね。
90分の中で、ほんの1分くらいなんだけど。

そうそうそう、ケイスケのサッカーの話しだよ。
かなり本気でやってたんだよね。
高校も、サッカーが強いところで選んだ?

そう、
サッカー推薦で入ったから。

それ、スゴいな!
大学でも続けてたの?

高校で燃え尽きて、やめた。
中田英寿じゃないけど、
高校と同じように大学でもサッカーやって、
本当にサッカーしかわかんない人になっちゃうのは
いやだなっていうのは、漠然とあったから。

うんうん。

高校の時、同じ世代に
中村俊輔とか中田浩二とかがいて、
試合をしてたから、
レベルがもう違うなっていうのはわかって。

ちょうど、ゴールデン・エイジと
重なってるんだな。

そう、
小野とか、小笠原とか、
ああ、こういう人たちがプロになって何千万と稼ぐんだな、
っていうのを間近に見て。
柳澤なんか、足が速すぎて、
俺がラインズマンやった時、
自分はボール持ってないのに追いつけないんだよ。

生でそういうプレイを見てたんだな。
それ、ハンパない世界だろうな。
高校生の時点で、スポーツの、厳しい世界に身を置いてたってのは、
経験としてすごく大きいんだろうね。

高校の時、
インターハイまで行ったっていう体験があって、
ツラかったことが結果につながるっていうプロセスを経ているから、
「やれば伸びる」っていうのは、意識の中に刷り込まれてる感じがする。

ケイスケの面白いところは、
体育会系の人って、「俺の言うことに従え」みたいに
強引に物事を進めるイメージあるんだけど、
そういうのをまったく感じさせないんだよ。

でも内心では、すっごい思ってるんだと思う。
「俺、絶対間違ってない」って(笑)。
どっちかっていうと、
自分がドリブルで切りこんでいってゴールを決めるよりも、
スルーパスをキレイに決めるっていうところに喜びを噛み締めるから、
ちょっとタイプが違うのかもね。

大学に行ってからは、サッカーは、
すっぱりやめちゃったの?

うん。そしたら、
夢中になれるものが無くなっちゃったんだよね。
小さい時からずっとサッカーばっかりやってきて、
勉強もたいしてやってなかったし。
で、授業も面白くなかったから、
6月くらいに休学届をもらいに行って。

入学して2ヶ月で。

そしたら、
休学するには理由が必要です、って言われて。
しかも、休学でも金かかるって言うし。

半額くらいは在籍料として取られるらしいよね。

で、しょうがないからバイトやったら、
そのバイトにすごい夢中になっちゃった。

何のバイト?

カフェ。
ウェイターやって、キッチンやって、
最後のほうは、副店長みたいなこともやって。

大学生で?

そう、午後は店長がいなかったから、
お客さんに「責任者出せ」とか言われると、
大学一年生の俺がヒョコヒョコ
「こんにちは」って行くわけ。

(笑)なんか若僧が出てきやがったって感じなんだろうな。

それで、店のこと任されて、
シフト作ったり、売上の分析したり
それが結構楽しくて、
学校にあんまり行かなくなって、
バイトばっかりするようになっちゃったんだよね。

学校で勉強してるより、
そっちのほうが面白そうだね。

さすがに、大学一年生の終わり頃に、
そろそろ学校に戻らなきゃなー、って思った時、
バイトしまくってて金はすごい貯まってたから、
アメリカに行こうって考えて。

アメリカには、
何しに行くつもりだったの?

単純に、
英語がしゃべれるようになったらモテるんじゃね?
って思って。
そしたら、ちょうどその時、
バングラデシュに行くプログラムがあるって聞いて。
ん?それ、アメリカよりも
バングラデシュのほうがカッコいいんじゃね?
って思ったんだよね。

(笑)バカ!

未踏の地っぽいじゃねえかって思って。

その、あんまり人が行かない場所っていう
レアな魅力は、わかるわ。
そん時は、バングラデシュで何やったの?

田舎のほうの、
トイレとかあまりない地方に行って、
トイレを作るっていうプログラムで、
3週間くらい行ったんだよね。
それが結構、人生のターニングポイントだったんだと思う。

いいよ!?
それそれ!
その、ターニングポイントを知りたかったんだよ。
最初はじゃあ、ボランティアっていう目的よりも、
もの珍しさでバングラデシュに行ったんだな。

最初は、単純にそれだけ。
ネタになるかな、って思って。
まさか、その後にこんなにハマるなんて思わなかった。

そうだよね。
そこでもしアメリカに行ってたら、
人生、全然違ってただろうね。

全然違ってたと思う。
3週間のあいだ、
一緒に行った人たちとセッションみたいなこともやって、
そこで、人間として、色んなことを学んだ。
すごい頭いいやつがいるなってこととか、
人に優しくされるって嬉しいことだなとか、
人から求められるありがたさとか。

それはでかいね。
それがきっかけで、そこから
バングラデシュに関わることになったんだ?

そう、日本に帰った後、
アジアの開発経済とか勉強して。
当時はまだ全然ブームじゃなかったけど、
NGOとかNPOとかにも興味持って、
次の夏に、アメリカに行ってNGOの活動に参加したりして。

うんうん。

3年生になった時、
アメリカに留学するか、それとも、
アジアをずっとまわって旅するかで、
すごく悩んだんだよね。
で、やっぱり、
アジアのほうに惹かれて、旅をすることにして。

それは、どのぐらいの期間行くって
決まってたの?

決まってない。
一番安い、バンコク往復の航空券だけ買って。
今でもあれはカッコよかったなって自分で思うシーンなんだけど、
バンコクに着いた時、帰りの航空券を破ってさ。

ええ!?
なんのために?

もう帰れないんだ、と。
1ヶ月のオープンチケットだったんだけど、
それはもう要らない、と。

少なくとも1ヶ月ぐらいじゃ
帰らないっていう覚悟か。

だいたい、冬頃には帰る、
っていうぐらいのつもりで行ったんだよ。

その時は、大学は休学してたの?

いや、普通に在籍してて、
ゼミの先生が、アジアの開発経済の先生だったから、
「僕はアジアと共に生きます」とか言って熱くプレゼンしたら、
「わかった。3年生のゼミは出席しなくていいから、卒論だけ出せばいい」って言ってくれて。

いい先生だなあ。

今考えると、
これまでの自分の人生で最大の決断だったけど、
あれは、すごく大きい体験だったね。

なんで、ケイスケの関心は、
アジアに向いてるんだろうね?

完全に思ってるのは、
アジアの人たちに恩返ししたいっていうのはある。

自分に与えてくれた影響への恩返しってこと?

それもそうだし、
アジアを旅した一年間で、いろんな人に会ってきたわけ。
自分が心を開けば、相手も開くっていうことだったり、
笑ってる者が勝ちとか、人間について色々教えてもらって、
本当に学ばせてもらったな、っていうのがあって。
今、自分が真人間でいられることや、
活き活きと暮らせるのもそのおかげだと思うし。
なんか恩返しをしたかったんだよね。

なるほどなあ。
実際に会ってる人とか、
相手の顔が実際に浮かぶってのは大きいな。

バングラデシュだと、
冷たいコーラと常温のコーラで値段が違うんだけど、
トイレ作ってあげた村の人が、
冷たいコーラをどこかから持ってきて、
「本当にありがとう」って言うんだよ。

そのコーラを持ってくるの、
大変だったんだろうね。

「こんなものしかなくてごめんなさい」とか言うんだけど、
いや、お前ら何言ってるんだ!と。
なんていいヤツらなんだ、と。
世界平和とかってことも、あるんだけど、
どっちかっていうと、自分が顔を合わせた人たちのために
何かをしたいっていうのがある。

自意識との付き合い方

ケイスケって、
年上の人に可愛がられるでしょ?

あんまり年上を苦手にしないから、
年上の人にはすごく面倒をみてもらうことが多い。
森村夫妻(森村隆行森村ゆき)もそうだし、
池本さん(池本多賀正)とか、よっち(吉田秀樹)とか、とつ(高原幸治)とか。

それは、何か、
心がけてることとかあるの?

俺は、運が運を呼ぶって常に思ってるんだよ。
口を大きく開けてれば色んなものが食えるっていうクジラ理論で。

クジラ理論!?
ちょっと、それ詳しく。

クジラが口開けてイワシの群れに突っ込んでいけば、
ガーッて食えるってのと一緒でさ。
こっちから、ガーって開いて、ドドドドーって突っ込んでいくと、
色んなものを呼び込んだりするわけ。
それを、俺は常に心がけてるね。
シャツでいえば、第五ボタンぐらいまではだけてる感じするね。

ほぼ全開だな。

Gacktだよ、それ。

もう、そのぐらい胸襟は開きたいと思ってる。

それは、間口を広くして、
来るもの拒まずってこと?

あらゆる角度で、人を受け入れますっていう風にしておくと、
色んな人が助けてくれるし、色んなヒントが入ってくる。

それ、どういうことなんだろうな。
自分から、他の人のことを認めるってことなのかな。
どういう風にするの?

うまくいえないんだけど、
「隙を作る」みたいなところがある。
「こいつアホだな」みたいな。
そういうところがあると、「こうだろ!」って教えてくれる人が結構いる。
で、「あー、そうでした、そうでした」って。

なるほど、なるほど。
その感じはすごいよくわかるわ。

年上の人とかって、
いわば、イワシの大群を持っているんだよ。
でも、なかなか普通、そこに突っ込んで行きにくいけど、
そこにドドドドーって突っ込んでいくと、
色んなものが入ってくる。

たしかに、突っ込んでいってるよね。
ケイスケの、人前で話す時の慣れっぷりってのは、
なんなんだろうな。
生まれつき?

俺の場合、
恥ずかしいっていう気持ちが、
あんまりない。

それ、すごいな!
中身がおばちゃんなんじゃないの?

(笑)ある意味ね。
でも、ちょっと前までは、
自分のことを頭いいと思ってもらいたいとか、
そういうのに苦しんでたのが、
26~7ぐらいまであったかな。

自意識が残ってたんだね。

そう!
そういう俺ってたいした俺じゃねえな、と。
そんな大事にしがみついてるもんかね、と思って。
いやー、しかし、
自意識ってのは、ほんともう・・
あっきーは、自意識についてどう思う?

えぇ!?
すまん、
それどういう問い?

俺の最近のモットーは、
「一刻も早く自意識から解放されたい」で。

うんうん。

もういいよ、と。
これ、どこまでついてくるんだよ、と。
一つ自意識を超えると、そこにまた新しい自意識が出てくるからね。
たまねぎみたいに。

それを、一つ一つ脱いでいくことが
快感になってるの?

快感ていうよりも、めんどくさい。
早く全部脱いで解放されるにはどうしたらいいか、
って考えてる。

ああ、たしかに、
めんどくさい、ってのはあるよね。

スポーツずっとやってる人って、
そもそも、自意識が強い人が多いから、
どんなにプレーで失敗しても、
「あの一部だけスゴかった」って話を延々とするわけ。
「俺のあのドリブル見た?」とかって。

それ、すごいわかる!

もともとそういう世界にいて、
旅とか写真とか、より自意識が明確に出るものを
選択してきたんだと思うんだよ。

旅とか写真てのも、
そういうジャンルなんだ?

俺の中では、自意識なわけよ。
それを通して、他人に自分を感じてほしい、っていう。

ぶははははは!
他人に自分を感じてほしい!

旅の写真を見せて、
「これってチベットなんだよね」とか言いながら、
(俺の心象風景)ってことを言ってるわけ。

それ面白いわあ。

ホントは、
そういう自意識から逃れて、
素直に「これってスゴくない?」って言える自分でありたい、
って思うんだけど、やっぱり、
カッコつけたいっていうのとかが付いてきて。
そういう、自意識を意識することが最近出来てきたかな。

自分を客観的に見れるようになってきたんだな。

後輩に質問とかされて、それに答えるじゃない?
たしかに相手のタメになる事とか、
ポイントをおさえたいい事言ってるんだけど、
「ホントにお前そう思ってるのか?」って感じになると、
どうなんだって思うんだよね。

わかるなあ、それは。
オレの場合、自分が何か言葉を発する時、
「その言葉で誰かが傷ついたりしないか」ってのを
過剰に気にするところあって、
ウィルスバスターみたいなやつで、
何重にもチェックをかけてるんだと思う。
だから、本当の本心かっていうと、あんまり自信ない。
これも結局、自意識が間に入ってるからなんだろうな。

もう、俺は、
自意識を完全に取り去るためには、
出家するしかないと思ってるんだよね。
他者とかかわる以上は、どうしても自意識は生まれてくるからさ。
だから、最近は、
自意識との上手い付き合い方みたいなのがテーマかな。

次回予告

去年ぐらいに、ヤス(森村泰明)に言われて、
そうだな、って思ったのは、
「やりかたではなく、ありかたである」っていう言葉でさ。
それからすごく考え方が変わって、
精神的な部分に重点を置くようになった。

私から、一つお願いがあって、
あっきーには、ぜひとも、
ヤスに話し聞いてほしいの。


あ、そう!
オレ、ヤスとはまだサシで話したことないんだよ。

相当話し合うと思うよ。
すごく本読んでるし、
しかも、古典を読みあさってるタイプだから。

武田信玄の戦術とか出てくるから。

熱いな、それ!

ヤスも、ケイスケと同じく私のすごく好きな人だから、
是非、魂の殴り合いをしてほしい。


(※この後、話しを聞きに行きました
(2011年6月 日比谷Barにて)


清水宣晶からの紹介】
ケイスケは、いつも笑っている印象がある。
そのポジティブさは、にわか拵えのものではなく、経験と実績に裏打ちされた力強い土台があるから、周りも安心するのだと思う。

ケイスケが催し事に参加した時の、場の雰囲気を盛り上げる力には、常人離れしたものがある。
状況に応じて、必要とされるパーツに自分自身を合わせる、トランプのジョーカーのようなオールマイティーさを持っていて、「空気が読めない人」が必要な場面があれば、その役目をもみずから担うという、高度な空気の読み方と機転をみせる。

何よりも長期間の継続が重要な、アジアの経済支援という分野において、ケイスケは10年以上にわたって活動をし続けているベテランだ。
一過性のブームに終わらずに、ボランティア活動を続けられるというのは、彼が自分の体験をベースにした、アジアに対して恩返しをしたいという気持ちが心底から湧き出ているからなのだろう。
グローバルに誰とでもコミュニケーションがとれる人間力が必要な現場において、ケイスケほどの適性をもつ男はいないだろうと思う。

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