山本恭子


<楽歴>
子守唄はビートルズと70年代フォークソング。
小学校からクラシックピアノを習いはじめ、ブラスバンドでコルネットと出会う。
中学校の吹奏楽部でトランペットに転向し、高校3年生の時にアルバイトをして初めて自分の楽器を持つ。
高校から社会人10年目までオーケストラでトランペットを担当。
応援団、金管アンサンブルなどに参加しながら、コンサートホールに留まらず、さまざまな場所で演奏を経験。
現在も修行中。

トランペットの魅力

(清水宣晶:) 恭ちゃんは、
トランペットって楽器には、特別な愛着があるの?

(山本恭子:) あるねえ。
でも、どの楽器もみんな魅力的だよ。
音でいったらチェロが好きだし、
管楽器だったらオーボエもいいね。
機会と時間とお金さえあれば全部やってみたいけど。
でも、一つの楽器でも上達するのに時間がかかるから、
上手くなるために浮気はしない、って思ってる。

トランペットには、どういう面白さがある?

トランペットの良さは、ごまかしがきかないところなんだよね。
失敗したら、誰の耳にも明らかにわかるからね。

それを魅力に感じてるんだ!?

トランペットって、
ちょっと音がズレても「プァ」って感じになるから、
すぐわかるじゃない。

なるなる。
すごく目立つね。

私、結構、自分のことをごまかすんだけど、
ごまかすことが出来ないってところが、気に入ってるの。
まあ、度胸はつくわよね。
あと、トランペットってすごく体力を使うの。
ピアノだったら3時間でも5時間でも弾き続けられるんだけど、
トランペットは30分も一生懸命やると、休憩が必要になるのね。

肺を使うからなのかな?

いろいろ。肺も唇も背筋も。
いっぱい吹いてると、全力疾走したみたいになるし。
そういうところも、いいなって思う。

見た目よりも、大変な楽器なんだな。

音程だってさ、
ふーって息を入れたらその音が出るわけじゃなくて。
ピアノだったら、調律をしておけば音がはずれるってことがないじゃない?
トランペットの場合は、音程を一つ取るにも苦労するんだよね。

音を出す時には、
一気にそこの音程に合わせないといけないってことか。

そう、
それが遅れると「ぽわん」って音になっちゃう。

わかるわかる。

ピアノみたいに和音じゃなくて単音だし。
ピアノだと、たとえばベートーベンの「田園」を、
リストが編曲して一人で弾く、ってことも出来るんだけど。
トランペットはそういうことが出来ない。

ピアノだと、
同時にたくさん音を出せるから、
表現の種類は多いよね。

音域も、鍵盤が長い分、すごく広いし。
トランペットって、楽器の構造上、
どんなに頑張っても限りがあるのよ。

サッカーと似てるけど、
そこまで制限されてるから面白いってのもあるんだろうね。
サッカーで普通に手が使えちゃったら、全然面白くないもんな。

そうなの。
そういう楽しさなんじゃないかと思う。

何か、トランペットを通じて、
目指しているものってあるの?

モーツァルトの曲って、どの曲を聴いても、
それが初めてでも、「これはモーツァルトの曲だな」ってわかるの。
作家でも、文章のどこか一部分だけでも、その人の個性って出るじゃない?

出るね。

そういうのを、自分でも出せるようになってみたいなあって思う。
そういうのって、一貫してるっていうことだったり、
核になるものがあるっていうことなんだよね。

わかるなあ。
オレは、「LOVE PSYCHEDELICO」の曲を聴いた時にそれを感じるよ。

どこを切り取ってもその人だってわかるのが、
ブランドってものなんだろうな。

そう、そういう風になりたいの。
今は下手だからってことでわかるかもしれないけど(笑)

トランペットみたいな、
制限された楽器で自分を出すことが出来るってのは、すごいね。

今でもまあ、
私が演奏してるってことぐらいはわかると思うんだけど、
そういうレベルじゃなくて、もっと上に行きたいの。

表現として、
山本恭子じゃなきゃ出来ないものをやりたいってことだね。

文章っていうのも、同じくらい個性が出るものだと思う。
文章は、楽器で言ったらピアノに近い。

文体とかテーマとか、出来る表現が幅広いからね。
音域が広いってことだよな。

トランペットは、その意味では俳句だね。
私はそっちの方向で頑張ってみたいな。

(2008年3月 自由が丘「タパスタパス」にて)

コミュニケーションのきっかけ

4年前に恭ちゃんに話しを聞かせてもらった時、
何を話したかって覚えてる?

トランペットのこと?


そうそう。あれから、
トランペットの吹き方っていうのは変わった?

トランペットはね、
また最近、私の中で位置づけが変わってきた。

お!
それは、単純に、
前よりも上手くなったっていうことだけじゃないんだね。

トランペットって、上手い人は世の中にたくさんいて、
私はほんとに、技術的にはまだまだで。
じゃあ、私はなんでこの楽器をやり続けてるのかな、
って常々考えるんだけど。

うんうん。

トランペットがもしこの場になかったら、
成り立たない会話っていうのがあると思うの。

トランペットをきっかけに生まれた会話ってこと?


そう、代々木公園でも、よく練習をするんだけど、
トランペットを吹いてると、いろんな人が寄ってきて、
その人たちと話しが出来るわけ。
それで、コミュニケーションのツールとしての、
トランペットだな、って思ったの。

なるほど。
そういう、媒介が間にあることによって、
コミュニケーションしやすくなるってのは面白いなあ。
ペットみたいなもんだね。

ワンちゃん?

犬連れてる人同士って、初対面でも、
犬をきっかけに、気軽に話しかけられたりするじゃない。

そうだね。
写真を撮ることだったり、手品だったり、
他のツールもあるかもしれないけど、
トランペットは、けっこう大きな音も出るし、
身軽に持ち歩けるっていうやりやすさはあると思う。

そうだよね、ピアノは持ち歩けないし、
ギターはアンプが必要だったり。

やろうと思えば、いろんな手段があると思うけど、
私には、トランペットっていうのはとても便利だなと思って。
友達にまではなかなかなれないかもしれないけど、
知らない人と接点が出来るっていうのはいいな、と思う。

本とか読んでるよりも声をかけやすいんだろうな。
釣りをやってる時もそうだと思うんだけど、
見た感じ、あんまり忙しそうじゃないから、
「調子はどうですか?」みたいに、話しかけやすいんだろうね。

音楽は、子供でもお年寄りでも興味を持ってくれるから、
そういう幅の広さはいいよな、って思う。
先週は、代々木公園で吹いてたら、
セネガルから来た人に声かけられた。

日本で働いてる人?

戸田にある印刷工場で働いてるんだって。
そしたら、公園にいたアフリカ出身の人たちが、
5人くらい来て、「セネガルの歌知ってる?」って、
ipodで聴かせてくれたり、
ユッスー・ンドゥールのことを教えてくれたり。

いきなり、国際交流が始まってるなあ。

「最近仕事で心がざわざわしているから、
なにか落ち着く曲を吹いてくれ」って
リクエストしてきた人もいた。

ぶはははは!
流しのミュージシャンみたいだね。

コンサートなんかだと、チケットを買ってもらって、
会場に足を運んでもらうまでに距離があったりするけど、
本当は、音楽のいいところって、距離の短さだと思う。

音楽は、自然と周りの人の耳に入って、
知らないうちに聴いてもらえたりするからね。
たしかに、それは大きいな。

人と知りあうのに、いいツールだなあって思ったの。
しかも、人の気持ちを落ち着かせるのに役立ったりとか、
そういう効果まで生んだら、さらにいいよねって思ったわけ。

なるほど、なるほど。

だから、音楽を仕事にしようとしている若者がいたとして、
お金をもらえなかったらプロじゃないじゃんって、
諦めちゃう流れってあると思うんだけど、
そこは、違うんじゃないか、と。
音楽に対してお金をもらうかどうかで判断しなくていいんじゃないかなって。

そうだね。
それは、本当にそう思う。

スタジオミュージシャンみたいに、音楽で稼げる道がひらければ、
それも、もちろん素晴らしいと思うんだけど、
芸術の価値って、もともとお金と関係ないものなんじゃないかって思う。
その人にもっと作品を描いてもらいたいとか、
もっと聴きたいから「その時間をくれよ」ってなった時に、
お金を払うっていうことになるんじゃないかと。

うんうん。

でもそれは、結果として後からついてくるもので、
先に考えるものじゃないって思った。

やりたいことを続けているうちに、それを必要としてくれる人が
現れてくれるかもしれないってことだね。


そう、それが家族であってもいいと思うの。
家族が、この人はまあ演奏させとけば、とか、
詩人でいいんじゃない、とか。

「詩人でいいんじゃない」と(笑)。

この人には詩を書かせとこうか、と、家族が認めていて、
生活できているんだったら、それもアリなんじゃないかなって。
それが、家族の枠を超えて、他人までがそう思ったら、
だんだん、その地位が確立されるわけ。

なんか、その、
自分がやりたいことをやりつつ、
肩身が狭くない感じはいいね。

麻子(山本麻子)に聞いたんだけどね、
イスラム社会では、考えるとか、祈るとか、
哲学をするとかってすごく価値のあることだとされていて。
そういうことをしている人を家族は大事にして、
コミュニティーでも大事にするんだって。

そうなんだ!?

それと同じかな、と思う。
コーランの中に、
勉強することは大事だって書いてあるみたいで。
だから、仕事を辞めて神様のことを考えたい、って言ったら、
家族も、応援しないわけにはいかない、と。

日本だと、
「いつまでも音楽なんかやってないで、
ちゃんとお金を稼げることをしなさい」ってなるよね。

そうそう。
よそから見たら、「趣味でやってるんでしょ」
って思われるかもしれないけど、
もしかしたら、人助けになっちゃうかもしれないでしょ?
その出会いがまた何をもたらすかっていうのは、想像がつかないし。
だから私も、続けられる限りは続けよう、と思って。

路上のルール

そもそもの質問なんだけどさ。
「トランペットが上手くなる」っていうのは、
どういうことなんだろう?

問題は、そこなんだよね・・。

お!
それ、考えたことあった?

単純にわかりやすいところで言えば、
速く、どんな曲でも吹きこなせるってことなんだけど。
私から見たらこの人は上手い、って思っても、
他の人からすると、また基準が違うわけ。

それは、状況によって、
求められる演奏が違うっていうこと?


たとえば、野球の応援でトランペットを吹く時は、
音量が大きいかどうかって、大事になるでしょ?

そうだね。
そもそも、音が聴こえなかったら意味ないもんね。

でも、オーケストラだったら、
やっぱり、音量よりも「響き」が大事だから、
音の響き方がキレイかどうかが焦点になってくる。
それが、ブラスバンドとかジャズだったら、
また、求められるものが違うし。

なるほど。

長時間大きな音で吹き続けるためには
少々音の質が悪くなっても仕方ないよね、
ってなったり。

そうか、音を強く出そうとすれば、
その分、音が雑になっちゃうような気はするね。

この前の応援でご一緒したトランペットの人は、
私よりずっと大きい音が出ていて、すごく勉強になったの。

大きい音を出すっていうのは、
肺活量以外に、技術でなんとか出来るものなの?


たとえば、私が音を出す時は、
トランペットを両手で構えてたんだけど、
その人は開放音で吹いてるから片手が空いていて、
空いてる手を振ったりして、見てる人に
メッセージを伝えることが出来るんだよね。

それは、技だなあ。

トランペットって、継ぎ目で抜けやすいところがあって、
両手で抑えてないといけないんだけど、
その人は、そこも固定してて。

自己流で工夫してるんだね。

そういうのを見て、なるほどな!って思った。
応援の演奏では、そういうのが当たり前かもしれなくて、
その道にはその道の流儀があるのね、って感心したの。

かっちりとしたオーケストラじゃなくて、
そういう、ルール無用な場も面白いね。
工夫次第でどんどん新しいものを作り出すことが出来るし。

現代の曲って、今、だいたい、
3分とか5分くらいで終わるでしょ?

うん。

でも、オーケストラの交響曲なんかは、
40分くらいあったりするじゃない。
その長さをじっと聴いてもらうっていうのは、
なかなか難しいことで。
全部じゃなくて、そのエッセンスを取り出して演奏する、
でもいいんじゃないかなと思っていて。

それは、いいなあ。
通りすがりの人との、3分、5分っていう出会いの中で、
どう聴かせるかを突き詰めて考えていくと、
これはもう、「トランペット道」みたいなもんだね。

トランペットっていう楽器の知名度は高いのに、
それが実際どんな音色で、どんな幅をもって、
っていうのはあんまり知られていない気がして。

たしかに。
トランペットって、どういう演奏が出来るのか、
あんまりよく知らない。

元気な曲に合うイメージなんだけど、
それとは対照的な、哀愁がただようみたいな曲にも合うし。

あ、そうなんだ!?

教会音楽にも、すごくよく合うしで、
意外と幅が広いの。
そういうことを知ってもらうっていうのも、
活動の目的になるかな。

恭ちゃんが一番活きる舞台は、
ホールの中じゃなくて、
やっぱり、オープンな路上なんだろうね。

この前、坂口恭平さんのお話しを聞いて、
路上生活の人のことにも、とても興味が出て。

「0円ハウス」だね。


この前、代々木公園で話しかけてくれたおじさんも、
たぶん路上生活をしている人じゃないかと思うのよね。
トランペットを介してだったら、
そういう、普段接点がないような人とも話せる気がして。
普段出会わない人とも出会えるっていうのはいいよね。

やっぱり、なんかしらの媒介があるっていうのはいい。
何も接点がないところでいきなり話しかけようとしても、
お互いに、ちょっと警戒心が出ちゃうから。

そう、坂口さんだって、
大学で卒論を書くために、ちょっとお話しを聴かせてください、
っていうところから始まったんだと思うから。
そういう、初めのとっかかりさえあれば、
あとはその人次第っていうかさ。

そうだね。
それぞれの人が、自分が持っている「媒介になるもの」を
磨きあげていくっていうのは、
なんか、いいよなあ。

みんながもっと、仕事とかお金とか関係なく、
自分の好きなことをやるようになったらいいのに、って思う。
これから、そういう世の中になっていくんじゃないかしらね。

(2012年6月 品川にて)


清水宣晶からの紹介】
見た目は華奢で、
ほんわかした雰囲気を持っているけれども、
その実、周りに流されないしっかりとした芯と価値観を持っていて、
いつも周りの人のことをよく見て、よく考えている。

恭ちゃんは、陸上でいえば、超長距離ランナーのような人だ。
途中であきらめたり投げ出したりせず、
途中の景色を楽しみながら少しずつ前進をして、
気がつくと元いたところよりもずっと先まで行っている。

恭ちゃんには、これまでに随分とたくさんの本や音楽を
紹介してもらってきた。
彼女はそれらの作品を、体全体で理解しようとするように、
ゆっくりと時間をかけて味わう。
その、恭ちゃんから語られる作品の紹介は、
いつも恭子オリジナルと言える視点が加わっていて、
僕はそれらから、どれだけ多くの新しい物の見かたを
与えてもらったかしれない。

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