徳永圭子


昭和40年代生まれ。九州生まれ、関東信越育ち。
ふるさとの訛り懐かし・・と日本語の面白さを追いかけているうちに、
縁あって書店に就職。

散歩と珈琲と飛行機が好きですが、ランニングとカレーと観覧車が苦手。
それじゃ人生の半分を損しているよ!とよく言われますが、
もう半分を堪能しようと思います。
(2012年11月 渋谷「ロクシタンカフェ」にて)

本を読んでいる人の面白さ

(清水宣晶:) 徳永さん、今日東京に来たのは、
何か用事があったんですか?

(徳永圭子:) 「本屋大賞」関連のイベントの打ち合わせが夜にあるんです。
ただの忘年会だっていう説もあるんですけど(笑)。

そうか、本屋大賞って、
書店員からの視点で選ぶんだものね。
(※徳永さんは、丸善にお勤めしています)

先週は、福岡で「ブックオカ」っていうイベントをやっていて。
これが、その時に配ったパンフレットです。


ほう!
(しばらく読みふける)
すごく充実した中身の冊子ですね。
福岡の中だけでも、こんなに、
本に関するニュースがあるなんて知らなかった。

このイベントも、今年でもう7年目で、
内容もだいぶ濃いものになってきました。

徳永さんは、本って昔から好きだった?


それが、そうでもないんですよ。
お恥ずかしい話なんですけど、
本をちゃんと読むようになったのは、
この仕事をし始めてからで。

あ、そうですか!
それは興味深い話しですよ。

その前から、本屋さんに行くことは好きだったけど、
それは単純に、ファッション誌とか週刊誌みたいなものを
読みたかったからで。

じゃあ、子どもの頃から本屋に
勤めたいと思ってたっていうわけでもなく?

就職活動の時に、デパートとか銀行とか、
いろいろと受けてる中で、
偶然、縁があって本屋に決まって。

そうかあ。
でも、自分に合ってるって感じしますか?

言葉に関わる仕事をしたいっていう気持ちはあったし、
結果、今まで続いてるところをみると、
やっぱり合ってたんだと思います。

本屋っていうのは、
他の物を売っているお店と違うなって
感じることはありますか?


食べ物の場合だと、
「美味しい」って思ってくれたお客さんは、
また同じものを食べに来てくださるんですけど、
本は、面白かったからといって、
また同じものを買いにはこないんですよ。

そうですよね。

常に、新しいものを創りだしていかなければ
ならないってことじゃないですか。
そこは、なかなか厳しい商売だなあと思うんですよね。
本が単純に好きっていうだけだったら、
たぶん、本屋さんになるよりも、お客さんでいたほうが幸せだと思う。

たしかに。
一読者の立場でいたほうが気楽ではありますね。

本を読んでいる人たちの面白さとかせつなさ
っていうところも含めて好きだなって思えると、
仕事になると思うんですね。

そうか。
本が好き、っていうだけじゃなくて、
本を読んでいる人が好きっていう。

その、本っていうのは、
小説とか、ビジネス書みたいなものじゃなくても良くって。
最近、付録つきの雑誌ってよくあるでしょう。

女性誌とかで、
ちょっと豪華なおまけがついてるのありますね。

それを買いに来るお嬢さんたちの情熱とかも、
やっぱり、見ていて楽しいんですよね。
「キレイになりたい」っていう強い気持ちとかが表情に出ていて、
そういうお客さんって、ほんとにキレイなんですよ。

うんうん。

そういう気持ちを抱えてやって来て、
「どうしてもあのネイルの本が欲しいんです」って言われると、
なんとかして仕入れましょう、って思ったり、
っていうことも楽しいんですよね。
人の楽しさっていうところもあわせて考えると、
毎日荷物が重かろうが、立っているのがきつかろうが、
少しは楽しめるかな、と思うんです。

本の贈り物

大きい本屋にいると、
お客さんからの相談ごともいろいろあるでしょう?

たくさんのお客さんと会っていると、
同じことを聞かれることも多いんですけど、
その人その人を見ながら、無意識のうちに、
違う答えをしてるんですよね。

同じことを尋ねられているのに。

その違いは何なのかなって考えたんですけど、
こうやって、相手と話しをしてる時、
その人の本棚を想像しながら答えてるわけです。

ああ、、本棚を。

人間て、食べたものが見た目でわかるって言われるように、
読んだものが、その人の外側にも表れるんじゃないかと思って。
それを考えると、ちょっとコワいなとも思うんですけど。

面白い!
それは、見た目だけじゃなく、
話してる時の言葉づかいとかにも表れるもの
なんでしょうか。


それはいろいろなんですよ。
話した感じで「あっ!」ってわかる人もいるし。

「どんな本を読んだらいいですか」って
相談ってされることもありますか?

そういう相談も多いですし、
もっと多いのが、贈る本の相談。

ああ!そうか。
「こういう人には、どんな本を贈ればいいでしょうか」と。

そう、お子さんにプレゼントとか、
あと、お見舞いに持っていく本とかを、
その相手の趣味を聞いて選ぶ、っていうのもあります。

へええ。
それは、徳永さんの個人的な感覚で選ぶものなの?

そう。
それがお客様の好みにぴったりはまると、
それはもう、本屋冥利に尽きるところで。

贈ったあとに、
「すごく喜んでました」とか聞くと嬉しいね。

たぶん、お花屋さんと似た感じだと思うんです。
こういう年代の、こういう色が好きな人で、
お値段はこのくらいで、とかを聞いて花束を作って。
それをお客さんに渡す時は、すごくドキドキしますよね。
その後、果たしてどうだったかなって。

自分がまだ読んでない本を勧めるっていうこともありますか?

そういうことも、よくあります。
さっきの本棚の話と同じで、いろいろな人と話すうちに、
こういうお客さんは、こういう本をよく選ばれるなっていうのが
思い浮かぶことがあるんです。

たくさんの人に本を売ってるうちに、
そのパターンが、頭の中に、
データベースとして蓄積されてるわけだね。

相談にちゃんと応えられるよう、
自分の幅をどれだけ広げられるかなっていうのは、
思いますよね。

うんうん。


今の女子中学生の気持ちって、私には多分わからないけど、
女子中学生がお友達同士で「これこれ」って買いに来てるのを目にしてると、
こういう本が響いてるんだな、っていうのはわかるんですよ。
で、そういう世代の娘さんへの贈り物を探しているお父さんには、
「こんなものを皆さん買っていますけど、いかがですか?」って
お勧めしたり。

それは、やっぱり、
女性の店員さんに相談したくなるでしょうね。

でも、お父さんは、
「僕はそんな本は贈りたくない」って言う時もあって。

ぶはははは!
お父さんには理解できないって、
ありそうだなあ。

贈りたい人の気持ちっていうのも反映しないとなので、
そのへんのバランスは難しいですよね。

ひとつの街のような本屋

本屋さんの仕事っていうのは、長く続けてるうちに、
知識は増えていくもんですか?

門前の小僧で、
「これを言われたら、このことなんだな」って知識はつくんですけど、
じゃあ、それが詳しくは何なのかって聞かれたらとても困って。
わからないことばかりなんですね。
すべてにおいて、お客さんのほうがプロなんです。

おお!

自分がどこまで知識をつければいいんだろう、とか、
どこまで本を読んでいればいいんだろう、って
悩んじゃうスタッフの人もいて。
そういう時にするたとえ話で、
「一流選手のバットを作っている人が、その選手のように打てるわけではない」
って話しをするんです。

たしかに!
そのとおりだなあ。

だから、深い知識をつけられなくても、
お客さんが何を聞こうとしているかのポイントをつかむための
アンテナを常にピピッと立てておくようにしようとは思うんですけど。

そうすると、重要なのは、
人間観察力みたいなことなのかな。

なにかを探している人の気持ちを、
どれだけ考えられるかっていうことだと思うんですよね。
こちらにお客さんが近づいて来た時に、
「この人はきっとこんなことが聞きたいんじゃないかな」って想像しながら
「いらっしゃいませ」って言うと、その後のコミュニケーションも
変わってくるんじゃないかと思います。

近づいてくる段階から、
何を聞かれるか考えてるってのはスゴい。

なんか、不思議なことに、
尋ねられることがピタッとわかることがあるんですよ。
飲食店の店員さんでも、「この人はきっとチャーハン」とか
わかることあると思うんですけど。

(笑)チャーハン顔、みたいのがあるんですかね。
波長っていうことでは、不思議なことに、
置いてある本の数は同じぐらいでも、
そこに行くだけで読みたい本がたくさん見つかる本屋と、
そうじゃない本屋があるでしょう。

ありますね。
読みたいものが見つかるお店でありたいですよね。

徳永さんが思う「いい本屋」っていうのは、
どんなイメージですか?

私の、理想というか野望なんですけど、
ひとつの街のように愛される本屋を作れればいいな、
と思います。

街のように?


どこかの街を好きになる時っていうのは、
なにか一つだけの条件じゃないじゃないですか。
そこに、スーパーマーケットや八百屋さんがあって、
学校があって、公園があって。

いろんな複合的なものが調和しあっているっていう。

ただ便利っていうだけじゃなくて、
居心地の良さだったり、雰囲気的な良さだったり。
自分の好きな本が見つかるっていうのも、
そういうことが関係してると思うんですよね。

うんうん。

本一冊って、誰か一人の手で生まれてくるものではなくて、
いろんな想いが詰まった状態でやってくるものなので。
本をどこに置くかっていうのは、どこに建物を建てるかに近いんです。
あるべき場所に駅があったり、学校があったりしてほしいって
思いながらやってるんですけどね。

あるべき場所にあるべき物がある、
っていうのは気持ちいいですね。

居心地の良さっていうのは、言葉にはならないんですけど、
なにか目に見えないルールみたいなものはあって、
そのルールが壊れているお店っていうのは、
誰が行っても居心地が悪いと思います。

見えないルール?

スーパーに行った時、
アイスクリームは絶対置いててほしいけど、
入ってすぐにアイスクリームがあるのはどうなのか、とか。

(笑)買物はしにくそうだけど、新しい気づきはあるかもね。
僕にとっての居心地のいい本屋っていうのは、
最初の目的とは全然違う、買うつもりなかった本が目に入ってきて、
つい買ってしまう、っていう出会いがある本屋かな。

それはありますね。
うっかりする感じ。

そう!うっかり見つかっちゃう感じ。
それも、本の置き方で工夫出来るものなのかなと思って。

本の置き方っていうのは、常にある問題で。
ある一定の冊数を超えた時に、本同士を関連づけるのと同時に、
誰もが探しやすい配置は何なんだろうって、いつも模索してる感じなんです。
時々、「このお店の並べ方が正解だろう」っていうのが出てくるんですけど、
それも、何年か経つと、また変わってしまったりして。

時代背景によっても、
テーマの関連づけって変わってくるんだろうしね。
売り場の担当者の性格によっても、変わってくるでしょう。

仕入れの判断っていうのは、性格が出ますね。
「これはいい本だから、きっと書評に載る」って思ったものは
たくさん仕入れて、返品できるギリギリの期限まで粘るっていう、
ガマン大会みたいな感じになったり。

その判断って、難しいね。

本屋のマーフィーの法則、ってみんな呼んでるですけど、
「返すと売れる」、っていうのがあって(笑)。

ぶはははは!
「あっ!その本、昨日返しちゃったよ」って。

これは、本屋で働いたことがある人は
みんな感じてるんじゃないかと思うんですけど。


徳永さんは、売れそうな本かどうかって、
どうやって判断するんですか?

その本が書評に載った時のことをイメージして、
これは絶対に評判になる、って思えば、
たくさん置きたいって思います。

それは、
自分がその本を読んだ時の感覚で?

いや、読む前に。

えぇぇ!?
タイトルとか装丁で判断するっていうこと?

あと、着眼点ですよね。
他にこのテーマについて書いた本はひとつもないとか、
普遍的だけど切り口が面白い、とか。

そうか。
内容というより戦略勝ちみたいなことかな。
本の企画を考える時、どういう本が売れるかって、
本屋さんからの視点は、すごく重要かもしれないですね。

その視点も一つの要素ではあるんですけど、
本を作る人には作る人たちの、職人の技があって、
それもまたやっぱり、違う大きな力を持ってるんです。

これだけたくさんの本がある中でも、
手にとってみようと思わせる本ってありますよね。

「なんのことだこれは?」って思うようなタイトルの本が
毎日いろいろ届くんですけど、
何人ものお客さんが、それを求めていらっしゃるわけですよ。
それで、私の知らないところで、
それを愛好しているコミュニティーがあるんだなって
驚くことが結構あります。

雑誌でも、こんなジャンルで
雑誌が作れちゃうのかっていうのがあったりするし。

本屋の仕事をしていて、つくづくわかったのは、
世の中には、私の知らないことが
まだまだたくさんあるんだなってことですね。
(2012年11月 渋谷「ロクシタンカフェ」にて)

清水宣晶からの紹介】
徳永さんぐらいに幅広く物事を知っている人を、僕は他にあまり知らない。
一を聞くと、それをきっかけにどんどん話が展開して、物腰柔らかく十以上のものを返してくれる。
本屋に勤めているから知識が増えるのか、それとも、知識を活かすために本屋に勤めようと思ったのか、いずれの順序だったのか問おうと思っていたのだけれど、話を聞いていて、そのどちらも彼女には当てはまらない気がした。

徳永さんは書店員であるという前に問題解決のプロフェッショナルで、お客さんの求めるものを敏感に察知し、自分の中にある膨大なストックから引っぱり出してくる達人だ。
それは、いかにamazonの検索技術が進化しようと、とって替わることの出来ない貴重な経験知だと思う。

毎日何百種類もの新刊がひっきりなしに届く大型書店という現場は、社会全体のリアルタイムな姿が凝縮したような、ダイナミックな場であるに違いない。
その場について話す時いつも楽しそうな様子の徳永さんは、「本」という物にとどまらず、それに関わるたくさんの人々が作り出す、なにか得体のしれない熱気をこよなく愛している人であるように思える。

SPECIAL THANKS TO

深森らえる深森らえるさん
インタビュー中の写真を撮ってもらいました。


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