吉田秀樹


【住まい】都立大学→名古屋→都立大学→渋谷→久我山→渋谷→恵比寿→北赤羽→恵比寿
【略歴】大岡山小学校→麻布中学→麻布高校→東京大学→都市銀行→外資系保険会社→精密機械製造業
【スポーツ】サッカー・アメフト・スキー。
【音楽】ビートルズ・ニューラディカルズ。
【趣味】ピアノ・映画・お笑い・囲碁・ゴルフ・飲酒(毎日)

英語系の学部に進みたいと、高校1年生時に上智大学外国語学部英語学科を第1志望とし、私立文系型の勉強に徹する。

当該学部に現役で合格。しかし、高校の仲間と「合格祝賀スキー@蔵王」に行っている最中に、親が授業料の残額の振込をし忘れ入学不可となり、浪人することに。
 
英語系の学部へは進学したいものの、1浪して同じ大学を志すのはいかがなものかと、心機一転東京大学英文科を目指す。入試科目は倍増。3年振りに数学や理科を勉強。因数分解からやり直す。

河合塾駒場校にての浪人生活スタートと同時にギターを始め、あくる4月の「合格祝賀ライブ」を目指し練習をする。また、「河合塾サッカー部」を結成し、駿台との定期戦(春・秋の2回)を開催する。1年間の浪人生活を経て、東京大学へ入学。4月には吉祥寺でライブを行った。

中学、高校、予備校、大学、前職、現職を通じ、かけがえのない多くの友人ができる。

だから人生は面白い。
浪人して本当に良かった。

「貴方は苦労や挫折をしたことがないでしょう」と言われることがある。
そう、「ない」
同じ経験をしても、苦労や挫折と捉えるかは本人次第。怒らない、キレない、妬まない、悔やまない、そして負けない。

自分や他人に、マイナスの言動や思考をする時間やパワーがあったら、それをプラスに費やす。悪意・敵意のない過ちは許す。人の過ちを引きずっているのは疲れる。

人の笑顔が大好き。
笑おう。笑わせよう。あひゃひゃ。

最近は仕事と育児に没頭しています。

2010年末までボランティア団体の代表を務めていました。

ボランティア団体「パラサイヨ」
http://www.parasaiyo.net/

2012年5月末より「株式会社スリーエス」代表取締役に就任しています。
http://www.sss-positioner.co.jp/

ホームランを狙いにいく

(清水宣晶:) オレ、今日は聞いてみたいことがあってさ。
ひでくんのコミュニケーションの特徴だな、と思うのは、
自分がこう言ったら、こう思われるんじゃないか、みたいな
人の目をあまり気にしてないんじゃないかと思うんだよ。
「それ言えちゃうんだ!」って驚くことが結構ある。

(吉田秀樹:) そうだね。
まあ、本当のところは、
どう思われてもいいってわけじゃなくて。
みんなと同じで、いい人だって思われたい気持ちもあるんだけど、
たぶん、ちょっと変わった自己認定の形なんだろうな。
快感のツボが違うんだろうね。

それはわかるなあ。
普通のやり方じゃ満足出来なくなってるんだね。

普通でも、まあ気持ちいいんだけど、
中に、何十人かに一人、
みたいな反応をする人がいたら、
きっと俺はすごい喜んじゃうな。

自分が予想してなかった反応?

たとえば、俺はたぶん、
ハゲてる人にそのまま、
「ハゲてますね」って言っちゃうタイプで。
そこで大半の人は、ちょっとムッとしたり、
一生懸命作り笑いをしたりすると思うんだけど、
俺を圧倒するような返しをする人が、
中にはいらっしゃる、と。


(笑)スゴい精神力だね。

それを期待してるのかもしれない。
俺の投げた危険球を、
ほとんどの人が普通にデッドボールとして受けて
一塁に歩いて行く中、まれに、
バットを振って、当てにくる人がいるんだよね。

ぶははははは!
「それ打っちゃうんだ!?」と。

「しかも二塁打?すいませんでした!」みたいな。
そういうのを期待してるところはあるね。
失礼な話しなんだけど。

面白いなあ。
それは高度だよ。
相手の素の部分を見るんだな。
でも、知りあって間もない時に、危険な球投げちゃって、
そこで関係が切れちゃうことを恐れる気持ちは無いの?

俺は、友達なんて、
せいぜい4人とか5人くらいいればいいと思ってるんだよね。
友達をムリして増やしたいとは思わないし、
ましてや、知り合いなんて、多いからスゴイってわけじゃない。
それでいうと、特に関係が切れてしまっても失うものってなくて。
それよりも、何十人に一人の「こいつすげぇ面白い」ってのを探すために、
球を投げてるんだと思う。

そうか。
ヒットが何本出るか、じゃなくて、
ホームランが出るのを狙っていってるんだね。

そう、中途半端に、
ショートゴロだったけどいい当たりだったよね、
とかじゃなくて。
でも、最近はそんな、本当にヤバいことは
言ってないんじゃないかと思うんだけど。
昔は、「ほんとあれは勘弁してよ」って周りに言われて、
謝ったこととかもあったけど。

オレ、その率直な物言いが、
いい方向に進化していってるんじゃないかと思うんだよ。
昔は照れて言えなかったことが言えるようになってるんじゃない?

たとえば?

両親とか、奥さんに対しての感謝とかさ。
素直に言えてるよね。

それは、半分YES。
何が半分NOかというと、
一番大事な、「面と向かって」ということが言えない。

あ、そう!?

だから、大切さの割合でいうと、
1割YES、9割NO、だよね。
facebookなんかだと、
いかに奥さんに感謝してるかってことを言えるんだけど、
面と向かっては言えない。
「これ、読んでててくれるといいな」とか思う。
結構そこらへん、セコいよ。

そうか、なかなか、
面と向かっては言えないのか。

なかなかというか、全然、だよ。
親に対してだって、mixiの日記を見てもらって、
そこで「ありがとう」と言えるのであって、
それを面と向かっては言えないね。

でも、書いてるメッセージは、
本人が読んでる前提なんだ?
面と向かって伝えるよりも、効果的かもしれないね。
なんか、直接言おうとすると、照れたり、
あたふたしちゃって、支離滅裂になりかねないんだけど、
文章だったら、伝えたいことを落ち着いてまとめられるからさ。

あるね。
生なのか録画なのか、っていう違いはあるけれど。
言いたいこと忘れちゃった、とかないし、
かまないからね、絶対。

ぶはははは!
かまないっていう良さはあるよね。

あと、
間接的に聞く嬉しさ、みたいのもあって、
たとえば、一緒に飲んだ後に、
「今日は楽しかった」って直接連絡をもらうのも
もちろん嬉しいんだけど、
「今日はこんなに楽しかった」って、
facebookとかのコメントで書いてくれた、ってのも
すごい嬉しいと思うんだよね。

あ、なるほど。
それは嬉しいね。
でも、オレはそれ、なかなか書けないなあ。
他の人も見るところに「今日は楽しかった」とか書くと、
「なんだよ、自慢かよ」って思われるんじゃないかと思って。

まあ、そこらへんは、
美徳的なものに近いかもしれないね。
他の人に対しても伝えることで、
真実味っていうのかな、そういうのが増す気がする。
「他のヤツからしたら自慢話になるかも知れねーけど、
でも、書いちゃう!」って。

それは強さだと思うよ。
オレは、危険球を投げずに、
安全なところにしか球を投げてないんだろうな。
誰かがすごい喜ぶとしても、
もし、他の誰かがイヤな気持ちになる可能性あったら、
そこはやめとこう、ってストップかけちゃう。

俺のほうが、人に甘えてるんだろうね。
でも、危険球でも、投げてみたら、
意外と、人ってそんなに小っちゃくない、
っていうことがわかる。

意外と世の中の人って、
「あー、はいはいはい」って笑って受け入れてくれる、
っていうことに、俺は甘えたくて、
甘えてるのかもしれない。

判断力と決断力

オレが考える、経営者のやるべきことってのは、
突き詰めれば一つだけで、
即断即決することだと思っていて。
ひでくんは、それが出来る人だと、オレは思うんだよ。

それは、かなり嬉しいね。
俺のこだわりの中でも、
かなり大切な部分だから。
結果的にベストな選択肢じゃなくても、
早く決断したことに意味があると思ってる。

さっき、この店に入った時みたいに、
雰囲気で決めて、ふらっと店に入るってのも、
同じことだと思うんだけど。
熟考したほうがいいこともあるけど、
はずれたらはずれたでいい思い出になるし、
それでも面白いじゃない、って。

わかるわかる。
プライベートでもそうだし、
一緒に仕事をするとしたら、
その部分は、感覚を共有出来ないと厳しいと思うよ。

判断力と決断力って、まったく別の話しで。
「15分で決めて」っていう時に決められるのが決断力で、
判断力がある人が決断力があるとは限らない。
むしろ、判断力がある人ほど決断出来ないってことがある。

うんうん。

後からどんなに、あれは間違ってると思う、
って言われたとしても、決めなきゃいけない、
っていうのが決断力で、
リスクはあるよね。

たとえば、飲んでて、何か面白いことやれ、
みたいに言われた時って、
判断力ある人は、まずやらないよね。
十中八九、スベるから。
決断力ある人は、期待値低くてもやるんだよ。
その結果、「は?」って周りに言われたとしても。

ぶはははは!

そりゃ、
「は?」ってなることもあるでしょう。
それが人生だ、みたいな。

そういう時はもう、
やる、って決めておいたほうがいいよね。
やるかどうか迷って間が空くと、
余計しらけるからさ。

最近俺はそれをね、
「耕す理論」って言ってて。
俺らは今、いろんな種をまいている、と。
全部が実ったら億万長者になるんだけど、
ヘタしたら、今まいてる種は一つも実らないかもしれない。
むしろそっちのが普通かもしれない。

でも、じゃあ、まかなければ良かったのか、
っていうと、そうじゃない。
種をまくために耕しただろう、と。
この種は実らなかったとしても、
固かった土が耕されて、次にまいたときは、
もっと実りやすくなってるはずなんだよね。

そうだね、
結果は0か1かじゃなくて、
0.3とか、0.9までは行った、とかあるからね。

結局、
美徳の問題だと思うんだけどね。

美徳っていうと?

いつか、自分の短い人生を締めくくる時が来た時に、
最後にそれを判断するのって自分じゃない?
普段は人からの評価が気になっているのかも知れないけど。
ブログとかでみんなに褒められたとか、
そういうことも、まったく否定はしないんだけど、
最後の最後って、何万人の人に「いい人」って言われたかよりも、
最愛の奥さんに、愛されたかが大事だし、
自分がいい人生だったって思えるかどうか、じゃない。
人の目を気にして何かをためらった人生ではなくて、
リスクがあっても自分で決めて突き進んだ人生として幕を閉じたいよね。

そうだね。

途中の過程はみんなそれぞれ、いろいろあると思うんだけど。
最後、だいたい人間が求めるものって、
俺にとってはこいつだったんだ、っていう人だと思うんだよ。
それが出てこないとしたら残念なことだし、
あと、とくに誰とは特定出来ねえ、とか。

とくに誰とは特定出来ねえ、って!
たしかに、残念だわ(笑)。

なるべくミスが少なくて、
サラリーマン的、官僚的な、
減点が少ない人生もいいと思うんだけど、
最後に、「こんなに多くの人に愛された」っていうよりも、
「こいつにこんなに愛された」、
っていうほうがいいんじゃないかと、俺は思う。

わかるなあ。
自分が死ぬ時に近くにいる人なんて、
ごく限られた人だけだからね。

この話しさ、まだ、
今日でまとまらないでほしいんだけど、いい?

あ、未完にしとく?

なんか、これで終わりになっちゃうのが寂しいから、
もう一回ぐらい、じっくり話してみたいかな。

そうだね。
じゃあ、今日の話しは前編っていうことにして、
この続きを、またしばらくしてからやろうか。

(2011年12月 渋谷「巌」にて)

迷惑をかけあう関係

今日会う前に、
前回のおさらいをメールで送ったけど、
あの時に話したことって覚えてた?

3分の1ぐらいは覚えていて、
3分の1は忘れてて、
残り3分の1は、「えっ!?」って思った。

(笑)「えっ」って思った!

若いな俺、と思って。


去年の12月だったから、
その後、一年近く経ってるからね。

それは、
変化はあるだろうな。

今年はいろいろあったからね。

前回はなにか、話しの
テーマっていうのはあったんだっけ?

ひでくんのコミュニケーションの取り方、
みたいなところに興味があって、
そこを聞いたんだったかな。

コミュニケーションのくだりは、
自分で読んでも「なるほどね」って思った。
間違ってるとかじゃなくて、たぶん、
俺が饒舌になっていて、引き出されたんだろうね。

それは一番、
オレにとって理想的な状態だよ。

今日のテーマなんだけど、
この先、年を取っていった時にさ、
丸くなっていきそうかな?

それは、非常にいい問いだよね。
たぶん、、なるだろうと思う。
今すでに、だいぶなってるなあって思うし。
丸くなること自体は悪いことじゃないけど、
丸くなり過ぎないように抗うんだろうなあって思う。


やっぱりどこかに、
抗う気持ちはある?

相当ある。
丸くなるっていうのは、とりあえず、
当たり障りのないおっさんになるっていうことで、
とっぴなことも、過激なことも言わないし、
失礼なこともやらない、とにかくいい人。
で、いい人イコール信頼出来る人、ってことだよね。

「お前はそうなるべきなんだ」っていうふうに、
誰も言ってないのに、勝手に自分で感じてしまうことがあって。
でも一方で、
「いや、そうじゃねえだろ、俺らしさを出すべきなんだ」
っていう、天使と悪魔みたいのがいるよね。

ぶはははは!
天使と悪魔だね。


いちおう二児の父になったっていうこともあって、
子どもにとってどういう存在であるかっていうことは、
絶対的に大事にしなきゃいけないって思うし。

ちょっとそこらへんも絡みあって、
すごく模索してるところではあるよね。

でも、発言してることとかは、
前とあんまり変わってないような気がするよ?

いや、やっぱりちょっとムリしてるところはあると思う。
前は自然に出てたことが、
今は確認しながら言ってる部分がある。

(笑)そうか。

まあ、一時的なものだと願いたいけどね。
「大人になるってのはそういうものかもしれないね」
とかって、たまに片づけてみたりして(笑)。
まあ、いずれにしても、基本、丸くなり基調。
その基調に対して、
どういう対策を打つべきかっていう話だよね。

でも、よくここまで抗ってきたってことでもあるよ。
普通はまず、社会人になったタイミングとかで、
「もう学生じゃないんだから」みたいな自覚が訪れるからね。

そうだね。
社会人になるっていうタイミングでは、
あんまり変化はなかったかもしれない。
ただ・・・
(しばし沈黙)

今、ちょっと当時を振り返ってみたんだけど。

うんうん。


一社目に勤めたのは銀行だったんだけど、
その、与えられた目標を達成するとかっていう面では、
すごく忠実だったと思う。
周りの同期なんかで、豪快なやつは、
「いいんだよ、そんなのは、出来なくてもしょうがねえよ」
っていう意見のやつもいたんだけど、
「いや、だって仕事でしょ?」と。

これは、スポーツや勉強に対しても同じで、
カッコよく見せたいみたいなこともありつつ、
そういう目標みたいなのについては、すごく真面目だったと思う。

それは、真面目っていうのもあるんだろうけど、
周りから期待されたら、それに応えようとする気持ちが強いんだろうな。
そこらへんは、親分肌なんだと思うよ。

今は、そうだね。
今は応えるって決めてる。
大人になって、期待をしてもらうっていうことは、
ありがたいことだと思って。
自分で言ってて気持ち悪いんだけど(笑)。

いや、それはわかるなあ。
大人になってから期待されるって、よっぽどだよね。

吉田がやってくれるんじゃないか、
と思って、何かを頼んでくるわけじゃない?
小さいことでも、大きいことでも。
別に断ることも出来るし、断ったからっていって、
依頼者はそんなに困らないと思うんだけど。

でも、短い人生の中で、
どれだけ人に期待してもらえるのかなって考えると、
すごく嬉しいことなんだよね。
だから、よほどキャパオーバーじゃない限りは、
自分でよければやりますよ、って言うって今は決めてる。

それは、使命感を感じてるんだろうな。
たとえば、メーリングリストとかで、
「こんなことで困っています」っていうメールが流れてきた時に、
自分には関係ないからいいや、って思う人と、
それを自分のこととして引き受けて考える人っていると思うんだよ。

たしかに俺、そういう時に、
手を挙げるタイプではあると思う。
それって、結果が出た時はカッコいいけど、
結果が出なかった時にカッコ悪いじゃない?
当たり前なんだけど。
でもその、結果が出なかった時の処し方っていうのが、
慣れてるのかもしれない。

なにそれ!?
どうするの?

結果が出ないことっていうのは誰しもあると思うんだけど、
その時の甘え方が上手なのかもしれないね。
俺がやりますって手を挙げといて、
その結果、うまくいかなくて
シャレじゃ済まないようなことになったり、
人に迷惑をかけちゃったことっていうのも何回かあるんだけど、
そういう時に素直に甘えてるんだろうと思う。
「ごめんなちゃーい」とか言って。

ぶはははは!
でも、それなかなか出来ないよなあ。


ちょっと話が脱線するかもしれないんだけど、
俺のポリシーのひとつとして、
「他人に迷惑はかけろ」って思ってるんだよね。

ほうほうほう!

俺の中で、友達の定義っていうのは明確にあって、
迷惑をかけてもいいヤツかどうか、
っていう線引きがある。

「今回はスマン、迷惑かけるけども、その代わり今度、
お前の時には、必ず俺がサポートするから」って。
だから、何かのリスクを取った時でも、
「最悪、甘えちゃうよ」みたいなことを折り込んで、
肝が据わるっていうところはあるかもね。

ああ、それは大きいなあ。

そのかわり、お前らも俺に迷惑かけてくれ、
というぐらいのことをコミットしてるんだと思う。
それが楽しいじゃん、とか思っちゃうんだろうね。

事なかれ主義じゃなくて、ある程度踏み込んでるんだな。
で、ダメだったらダメでいいっていう開き直りがあるんだね。

のりしろを、増やしたいって思っていて。
総和は同じゼロだったとしても、
お互いに関わらないようにしてゼロをキープするんじゃなくて、
プラス10とマイナス10でゼロとか、そっちのほうが面白いじゃん、
っていうのが、人付き合いについての考え方なんだろうね。

のりしろ、ってのは面白い考えだな。

その、のりしろを一定以上許容して、
一時的に、お互いに貸し借りが出来るのが友達だって思ってるから。
まあでも、そんなことは、きっとみんなやっていて。
ある一人の人に対してプラマイ500ぐらいの人もいるんだろうけど、
俺は、プラマイ3ぐらいの人が結構多くて、
プラマイ10ぐらいまでだったら、
もう、すぐそこにいる人とでも作りたいと思ってる。

あるいは、いきなり、
マイナス10ぐらいをパスして試す、とか。
これ、ちょっと前回の話しとつながるかもしれないけど。

つながってるね。

人間の醍醐味って、他人だったはずの人と、
そういう貸し借りをし合える、
あるいはこのまま貸しでもいいぜ、っていうぐらいの
関係を作れるっていうことじゃないかと思うんだよね。

考えてみれば、普通に生活していると、
人と貸し借りをする機会ってあんまりないからさ、
頼まれごとをされた時っていうのは絶好のチャンスかもね。

そうそう!まさにそうなんだよ。
尚志(多苗尚志)も昔、
いきなり人の家に行って、むりやり泊まったりとかしてたけど、
形は違えど、同じようなことなのかもなって思う。

さっきの丸くなるっていう話しとも関連するんだけど、
丸くなればなるほど、他人に迷惑をかけない方向に行くんだよね。
でも、そういう人ってほんとに、いいのかな、って。


うんうん。

それよりは、
だらしなくて人に迷惑もかけるんだけど、
誰かが困っている時に、必ずあの人は手を挙げる、
それで、迷惑をかけられる側にもみずから進んでなっている、
っていう人のほうが人間味があっていいんじぇねえかなあって、
俺は思ってるんだろうね。
ああ、、今日もなんか、
あっきーに引き出されちゃった感じはあるけど。

いや、割りと自然に出てきた感じがする(笑)。
すごく、いい話しを聞かせてもらったよ。
(2012年10月 恵比寿「ちょもらんま」にて)


清水宣晶からの紹介】
ひでくんは、男三人兄弟の長男ということもあり、親分的な面倒見のよさが根っから染み付いていて、こんな兄貴がいたらいいなあと思うような、どんな事態にも臨機応変に対応してくれそうな頼もしさがある。

彼の特技は、飲み屋などで近くに居合わせたというような一瞬の出会いから人の心をつかんで仲良くなることで、その入り込みかたが、天才的に上手い。
これにはいったい、どういうコツがあるのか、サシ飲みの時に尋ねようと思っていた。

ひでくんは、どうでもいいことを重要なことのように語り、重要なことをどうでもいいことであるかのように語る、独特の照れのようなものがあるので、彼の話を聞く時には、大事なことを聞き落としてしまわないよう注意が必要だ。
飲みながらのよもやま話をお互いひととおり話し終わった後、さあいよいよ話しを聞こうかと居住まいを正して向き合った時、彼もそれに合わせてきちんと話しをしてくれた。
そのコミュニケーションの哲学には、幾多の現場や鉄火場をくぐり抜ける中で磨かれた、人との関わり方の極意が含まれている気がする。

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