篠原祐太


1994年地球生まれ。20歳。昆虫食伝道師。
駒場東邦高校卒業後、慶應大に進学。在学中。

「昆虫食で大好きな地球を救う」のが目標。
現在は、約50000匹の生き物と自宅で同棲中。

環境問題、食糧難、食育に強い関心があり、
小さな昆虫に、大きな可能性を見出している。

他にも、自然や動植物の魅力を伝えるべく、
ユニークなイベントを積極的に開催している。

ブログもやってます。良ければ御覧下さい。
(http://yshinoearth.hateblo.jp/)

過去のインタビュー等はこちらになります。
http://www.ikedahayato.com/20140612/7986261.html
http://tsunagalien.com/no.350.html
http://bb-relife.jp/pickup/2623

命をいただいている感覚

(清水宣晶:) 今日は、
せっかく篠原さんにお話しを聞くので、
場所は、建物の中でなく、
アウトドアにしようと思うんですが、
それでもいいでしょうか?

(篠原祐太:) ぜひ、そうしましょう。
ここは、緑も濃いですし、
まだ夏っぽくていい場所ですね。


セミの鳴き声もたくさん聞こえるし。
そういえば僕、昨日の夜、
パエリアを食べたんです。

パエリアですか、僕も大好きです。


で、その中にエビがまるごと入っていて。
とても美味しかったんですけど、
考えてみれば、
この、エビと昆虫って、見た目としては、
そんなに違いはないよなあ、と思ったんですよ。

確かに、大きな違いはないですね。
味もかなり近いです。

あ。
味もそうですか!

昆虫は、成分的にも、
エビとかカニに近いですね。
ものによっては、揚げてしまうと、
目隠しをして食べたら、
全くわからないレベルで味は似てますね。

じゃあその区別を作ってるのは何かって考えると、
結局、子どもの頃からそれに馴染んでるかどうか、
の違いが大きいんでしょうね。


ですね。
人は脳で食べると言われたりもします。
親や、周りの環境からの刷り込みとか、
意識の問題が大部分を占めていて。

身近で、昆虫食を経験したことがない人が、
虫を食べた後にどう意識が変わるかっていうことも、
興味があって聞いたりしてるんですけど、
実際、「エビと同じだ」っていう感想や、
「普通に食べ物として、美味しいじゃん」
っていう感想も、多いですね。

人って、それぞれ、
自分の常識を定めている枠組みを持っていて、
それを変えることってなかなか難しいと思うんですけど、
「食」のことっていうのは、特に難しいですよね。

それは間違いないですね。
一番、死に直結しうる部分なので。
本能的な問題で、人が動物として生きていく上で、
今までに見たことない食べものが出てきたら、
考える前に、体が拒絶すると思うんです。
僕の場合、そのハードルが低かったんだと思います。

ハードルが低かった(笑)。


海外とかに行っても、見たことがないメニューがあったら、
それを頼んで、食べちゃうんですよ。
経験したことがなければ、必ず挑戦します。
食べたことがないものがある、
っていうのが許せないみたいで...


そこは完全に、本能に逆行してますよね。
篠原さんは、食べ物で、
食べられないものってないんですか?

恐らくないですね。
思いつかないです。
基本的には、何でも食べられます。

未知のものに対して、
先入観とか固定観念が少ない、
っていうことなんでしょうね。

先入観の類に囚われたくないっていうのは、
僕の信条でもあって、
自分の可能性を狭めるのは勿体無いなって。
昆虫食を体験すると、
その、自分の固定観念の強さを、
実感する人が多いみたいで。


なるほど。
普段の生活ではわからなかった自分を
知るんですね。

昆虫食のイベントに来てくれて、実際に体験して、
先入観に囚われていた自分に気づいた、
っていう感想をもらえると、すごく嬉しいです。
昆虫食は、食糧難や環境問題以外に、
そういう部分でも、
大きな可能性がある取り組みだと思っています。

たしかに、自分の殻を一つ破ったっていう実感は、
かなりあるだろうと思います。

そう、その実感はすごくあるみたいです。
それは、枠組みが出来上がっている大人だからこそ、
強く感じられる部分ですよね。
で、自分の殻を破った体験っていうのは、
他のことをやる時にも活きてくるんじゃないかと思うんです。
自分の可能性を広げるきっかけになるはずです。

実感っていうことでは、虫は、
自分自身で捕まえることが出来るっていうことも、
大きいんでしょうか。


そう、それも大きいですね。
昆虫ならではの、魅力的な要素だと思います。

もし、動物で同じことをやろうとしたら、
猟銃や罠の免許が必要だったり、
かなりの手間がかかるでしょう。

牛とか豚だったら、
畜産をやらなくちゃいけないし...
それと、大きな動物だと、
殺すっていうプロセスも難易度が高いですよね。

ああ!
それは、たしかに。

言い方は悪いかもしれないですけれど、
虫の方が、自分の手で殺しやすいんです。
命をいただいているっていう感覚を、本当に実感するには、
生きているものを殺すっていうことを含めて、
自分で体験しないとわからないところがあると思うんです。

そうですね。


そこがショートカットされてると、
食べ物のもともとの姿ってイメージしづらいと思いますし、
たぶん、本当の意味で食べ物に感謝することって
難しいと思うんです。
少なくとも、僕の経験上はそうでした。
あと、自分が食べているものの、元の姿を知らないって
かなり怖いことだな、と思っていて...

それは、すごく思います。
調理された状態だと、
信じるしかないですよね。
産地とか、原材料とか、作った人とか、
実体はわからないけれども、
全部を信用するしかない。

そうですね。
だから、自分を守るっていう意味でも、
食べ物の元の姿が見えたりとか、
極論を言えば、全部のプロセスがわかれば理想的で。
そういう背景もあって、自分で出来る限りの
自給自足生活に挑戦したりもしています。

自分の目で見て、
五感で感じたことを大事にしたいって思うんです。
自分で体験しないと、本当の意味で理解したとは言えないので。
実際にやらないとわからないことって多いですよね。

その点でも、虫から学ぶことは大きいと思っていて、
昆虫食を通じた食育っていう分野には
これから力を入れていきたいって思っています。

自然の中で感じること

ちょっとおかしな質問かもしれないんですけど、
篠原さんて、病気はしないんですか?

したことないんですよ。
体調は常に万全です。
僕、小中高12年間、1回も学校を休んだことなくて。

ええ!?
食あたりになったことは?


それも、一度もないです。
虫歯とかもなったことないですね。

それはもう、
丈夫に生んでくれたご両親のおかげもありますね。

そうですね。
後は、体調管理にはかなりこだわってます。
健康的な食事や、質の高い睡眠を取るようにしたり、
日々の運動を欠かさないようにしたり、
常に体調を100%に保てるように心がけてます。

初めに自然に興味を持ったのは、
もともとは、ご両親の影響なんですか?

自然への興味でいうと、親の影響はありますね、
父も母も、旅行が大好きなので、
色々なところに一緒に行って、
そこで自然に触れたりっていうこともありましたし、
父に虫捕りに連れていってもらったりとか。
親も、ゴキブリは好きじゃないみたいですけど、
他の生き物は、比較的好きな方だと思います。

育ったのも、
自然の多いところでしたか?

はい。実家が、高尾山に近い山の中にあって、
自然は周りにたくさんありました。
当然、虫もいっぱいいますし、動物にもよく遭遇します。
生き物は小さい頃からたくさん飼っていました。
虫の観察をしていると、色々と学びがあるんです。
彼らを飼育して観察することで学んだことも多いです。

最近は、固定した家に住むことに違和感があって、
家に帰らずに、頻繁に野宿したりもしてますね。
でも、飼っている虫の世話をしないといけないので、
週に2~3回ぐらいは家に帰るようにしています。



そうか、餌をあげないとですよね。
虫っていうのは、どのぐらいの頻度で
世話をする必要があるものなんですか?

毎日世話が必要な虫はなるべく飼わないようにしてるので、
数日は空けてもあまり問題はないんですけど、
どうしても、旅行で10日間ぐらい留守にする時は、
知り合いの虫屋さんとかに育ててもらったりもします。

大事な虫だけを。

はい、世話が必要な生き物をメインで。
ゴキブリなんかは、10日ぐらい空けても、
彼らの好きな餌を多めに置いておいて、
温度を調整出来ていれば比較的大丈夫ですけど。

餌代って結構かかります?

数が数なので、餌代は結構かかってますね。
50000匹分の餌となると、一日1000円弱はかかります。
僕の食費よりも高いです...(笑)

ぶはははは!
人間に匹敵する餌代がかかってますよね。


まあでも、その虫を食べてるので、
結局、自分の食費にあててるようなもんなんですけど。

虫の餌は、
どういうものなんですか?

家で出る食べ残しとかでも全然大丈夫ですけど、
自分が食べる「食材」でもあるので、
果物とか、なるべくいいものをあげています。
生き物ともコミュニケーションをとって、
出来るだけ彼らが望む餌をあげるようにしてます。

やっぱり、虫が普段食べているものによって、
虫の味って変わってくるんでしょうか。

変わるには、変わってきますね。
特に、幼虫なんかは如実に反映したりします。
ちなみに、カブトムシの幼虫は不味いです。

腐葉土とか食べてますよね。

そう、それをそのまま、
液体にしたような感じで。

うわあ・・・
それは不味そう。
美味しいのはどういう虫ですか?

定番ですけど、カミキリムシが特に美味しくて、
セミとかバッタも、無難に美味しいです。
あと、定番どころだと、ミールワームも、
まったくクセがなくて美味しい虫だと思います。

昆虫食を普及させようとした時に、
可能性がありそうなのは、どの虫なんでしょう。


バッタが一番可能性があるって言われてますね。
食べやすい味ですし、養殖も研究されてたりします。

日本だと、伝統的にバッタとかイナゴを
食べてきた地域もありますし、
その点でも馴染みやすそうですね。

たしかに、日本でも、
昆虫食文化が残ってる地域はあります。
他の要素としては、飼料効率が良かったり、
栄養素的にも、タンパク質が多くて脂肪が少なかったり、
結構、理想的な条件が揃っていると言われてます。

一般の人、というか昆虫食未経験者にとって、
入りやすいやり方っていうのはあったりしますか?


元の姿を見えなくする粉末処理とかは定番ですね。
後は、僕が主催している『地球を感じる会』
っていうのがあるんですけど、
それは、夜遅く奥多摩の山とかに集まって、
軽く川沿いをハイキングしたりした後に、
河原とかで、虫を焼いて食べたりするんです。
そういう状況になると、だいぶ心理的には
抵抗感がなくなって... 開放的になるんでしょうね。

環境の作用っていうのはあるでしょうね。

山の中を歩いてお腹がすいた後に、
心も体も自然に近づいた状態で、
自分たちでおこした火で焼いて食べる、
ってなると、当然抵抗感は減りますよね。

たしかに、いきなり都会のセミナールームで、
「虫を料理してきたんで食べてみてください」
っていうのとは全然違うだろうと思います。

ただ、そのツアーは時間も結構かかりますし、
あんまり大人数で夜の森には行けないので、
地道な活動にはなりますけれど...。

うん、でも、
それはすごくいい入り方だと思います。

そういうイベントに参加した人は、
純粋に楽しんでくれたり、良かったって言ってくれて、
体験した感想をtwitterとかで呟いてくれるんです。

だから、参加した人はもちろんですけど、
その周囲の友人の意識も少しづつ変わっていくことが、
僕にとっても楽しいので、今後も頻繁に開催予定です。

(※興味のある方は、Facebook(fb.me/y.shino.earth)や、
Twitter(https://twitter.com/yshinoearth)での発信を
チェックしてみてください)


ちなみにですが、昆虫食のイベントの時、
男女で、反応の違いっていうのはありますか?


女の人の方が、意外と心理的なハードルは低いみたいです。
未経験者が集まって虫バーベキューを開催した時も、
最初に虫を食べたのは、女性でしたね。
男性より未知のものへの関心が高いんだと思います。

なるほど。
それは、わかる気がするなあ。

女の子が先に2、3人食べはじめてから、
男はその女の子たちに「食べなよ」って言われて食べる、みたいな。
あぁ、やっぱり女性って強いなって...(笑)

ぶはははは!
それはもう、男は食べないわけにはいかないですね。

もともと、新しいお店を開拓しようとしたりとか、
食への関心は、女性の方が高い気がします。

そういえば、
twitterの闇鍋の実況中継
#史上最凶の闇鍋
後からまとめて見たんですけど、
あの場で使ってた食材って、
「ええ!?」っていう、
センセーショナルなものに見えて、
昆虫食に関する本等の説明を読むと、
意外と食べやすいものばかり使ってるんですね。

そうですね。そこはきちんと考えてます。
味も美味しいものばかりを選んでいますし。
Twitterの実況中継を見た人から、
「作った後すぐ捨てただろ」とか言われるんですけど、
普通に、味も美味しかったので、
皆パクパク食べて、すぐに完売して、好評でしたよ。

ほんとその、見た目とのギャップがスゴいなあ。
一見すると、ただ適当にノリでいろいろ、
ブッこんだようにしか見えないんですけど、
ちゃんと考えられてるっていう。


あの闇鍋をやっている意図としては、
今までに食べてきたものって、食べられるものの中の、
ごく一部でしかないんだよ、っていうことを
実感してもらいたいっていうのがあって。
食を考えるきっかけにもなると考えています。

僕は、新しい食に挑戦する動機は何でもいいと思っていて。
そのための入口として、ある程度の話題性とか、
エンターテイメント性は必要なのかな、と。
まず、知ってもらうこと優先というか。

たしかに、「闇鍋」っていうのは、
かなりインパクトありますよ。

結果的に、闇鍋企画はわりと拡散されましたし、
興味半分で集まって参加してくれた人たちも、
「普通においしいじゃん」って言ってくれました。

そもそも食べるって何だろう?食とは?って
考える良いきっかけにもなったみたいなので、
僕はああいう方法もありじゃないかなと思います。

そうですね。
まず、存在を知らないことには、
興味の持ちようがないですからね。

ただ、そのコンセプトが伝わらずに、
闇鍋の表面的な情報だけがひとり歩きしちゃうと、
大学生の悪ふざけだとか、
食べ物をバカにしてるのか、
って思われちゃうと思うんで、
そこも一緒にちゃんと伝えないといけないですね。
そこに関しては、失敗した部分もあるので、
次回以降はしっかり考え直したいと思っています。

そこは、ちゃんと伝わると、
受け取られ方がかなり違ってくる部分ですね。
また、続編もやるんですか?

はい。9月26日の夜に、また開催します。
今回は商品化に向けた試食会としての位置づけで、
ミールワームやコオロギをメインにします。


相場がまったくわからないんですけど、
あれって結構お金かかるんですか?

タランチュラが4000円ぐらいかかりましたし、
他にも、珍獣系は結構高かったので、
もっとエコノミーな食材にするかもしれません...(笑)

地球と共に生きていきたい

そういえば、セミの鳴き声も、
だいぶ少なくなりましたね。

ですね。
セミは美味しいので残念です。
毎年夏が来ると、セミを大量に捕獲して、
秋とか冬にもセミを食べられるように、
冷凍庫に保存しておくんです。
ただ、今年はまだそんな確保出来てないので、
焦ってるんです。
もっと冷凍しないとって...

そうか、そう考えると虫にも、
四季それぞれ、旬の虫があるんですね。

そう、夏には夏の、秋には秋の虫がいます。
季節が変わると、食べる虫も変化していくんです。
四季は日本ならではですし面白いですよね。

季節ごとにその時期をいかに過ごすかっていう、
個人的なテーマもあって、一年中生きてて楽しいです。
夏の自然を味わい尽くせなかったかな、
という後悔はちょっとあります...


まだ、やり足りないですか。

やり足りないです。
でも、限られてるからこそ面白いんですよね。
始まりがあって、終わりがあるからこそ、
その期間を全力で生きよう、とか、
味わい尽くそうっていう気持ちになりますし。
何事もそうですよね、人生もそうです。

人生も。
うん、もし終わりがなかったら、
生きる意味を考えることも、
せつなさを感じることもないでしょうね。

だから、今まで20年生きてきましたけど、
何をやる時でも、誰と過ごす時でも、
生きる意味については考えたりしますね。
異常なほど、悩んできた部分でもあります。

たとえば、一生のうちに会える人の数も、
すごく限られてるじゃないですか。
毎日新しい人に2~3人会うとしても、
1年で1000人。30年で3万人。
70億のうちの3万なんて、本当にごく一部ですよね。
1人1人との出会いを大切に生きていきたいです。


それも、大半が同じ国の人でしょうし。
たとえばアフリカの奥地に住んでる人って、
いったいどんなことを考えて、
どんな価値観を持っているのかって、
同じ人間でも、想像がつかないものがありますね。

それは、ほんとに思います。
僕なんて、この狭い日本の、東京っていう一地域で
たった20年生きてきただけの経験しかないないわけで。

それだけの視点じゃわからないことって沢山あると思うので、
人種国籍問わず、違う環境に育った人の考え方や視点を、
もっと知りたいっていうのは、よく思いますね。
様々な境遇の方が書いた本をよく読むんですが、
それは、色々な人生を知るっていう意味合いが大きいです。

言語に関しても、今、流暢に喋れるのは日本語だけで、
可能性を大きく狭めてしまっている気がするので、
英語とかスペイン語とかフランス語とか、
日本語以外の言語ももっと学びたいなって思います。

うん。たしかにそうですよね。
もしどんな国の言葉でも喋れる人がいたとしたら、
それはものすごいコミュニケーション能力だと思うんですけど、
でも、篠原さんのどんな食べ物でも食べられるっていうのは、
それを上回る能力なんじゃないかと思いますよ。

たしかに、そういう面はあると思います。
円滑なコミュニケーションが出来るかどうかはともかく、
食で繋がる可能性っていうのは大きいと思ってます。

「一緒にメシを食った人は友達だ!」
みたいな感覚ってあると思いますけど、
国籍を越えても、その地域に特有の食べ物を、
共有することが出来れば、絆が深まるのは間違いないはずで。
食を通じたコミュニケーション、っていうことも、
僕の人生の中の一つのテーマです。


うんうん。

日本人とアメリカ人、みたいなレベルの交流では、
言葉を介したほうが早いと思うんですけど、
いきなりアフリカの山奥の村に入って、
コミュニケーションを取る必要があったら、
英語とかって役に立たないことも多いはずです。
そんな時、一番良いのは、ボディランゲージとか、
現地の人と同じものを食べることで。

そうなんですよね。
世界中の言葉を習得するのは無理でも、
世界中の食べ物を食べることなら出来るかもしれない。

それは十分に出来ますね。
少なくとも現地の人が日常的に食べているものなら、
躊躇することなく、食べられると思います。

篠原さんは、インドに行っても
お腹こわさないんですかね。

それ、一回やってみたいんですよね。
普通のものを食べてる限りは大丈夫だと思うんですけど、
ガンジス川の水を飲んだらどうなるかっていうのは、
自分でもわからないです。


それはね・・・ 飲む必要まったくないんですけど(笑)、
あえてチャレンジしてみてほしい気がします。


でも、いきなり身ひとつで地球のどこに放り出されても
そこで生きていけるっていうのは、
僕が目指している理想の姿でもあるんです。

そこに到達するまでには、まだ何段階も、
自分を鍛える必要があるでしょうけど。
生き抜く力は、死ぬまで磨き続けたい能力です。
と言っても、いつ死ぬかなんて分からないですし、
生きているこの瞬間を大事に生きたいなって思います。

でも、いくら鍛えても、
防御出来ないものもあるでしょうね。

毒とかは怖いですよね。
国内でも、数粒食べただけで死んじゃう実とか、
身の回りにも、怖いものって結構あります。
食べるっていう行為には常に死がつきまといますね。

ぶはははは!
知らないキノコを食べるときなんかは、
本当に命懸けですよね。

日本国内の植物なら、図鑑を見て、
食べられる食べられないってわかりますけど、
海外では、区別つかないものも多いでしょうし、
他に食べるものが無いってなった時、
リスクをとってでもそれを食べるかどうか、
少し躊躇しちゃうと思います。

その状況になったら、篠原さんなら、
間違いなく食べちゃうと思いますけど。


だから、僕の死因は、
その可能性が一番高い気もしてます...(笑)
どういう死に方をするのかわからないのが怖いですよね。
崖から落ちるとかなら、どうなるか想像つくんですけど。

体じゅうが膨れあがって破裂する、
みたいな死に方はイヤですね。

実際、そういう毒もありますよね。
死ぬって、一回しか出来ないじゃないですか。
何回も試せないんで、
そこはどんなに好奇心を持っていても、
なかなか踏み込めない領域です。

でもこれも、ファミコンみたいに、
残りライフあと3つ、とかだと
ありがたみがないわけでしょう。

そう、終わりがあるからこそ輝くこともあります。
そういう点でも、生きる意味を考えたりします。

やっぱり考えてますか。

それは、昔から考え続けてます。
でも、これだろうっていう答えは、
まだ見つかっていなくて。

ただ、生きているっていう実感を一番感じられるのは、
自然に囲まれている中で、自給自足して、
試行錯誤しながら生き物を捕まえて、調理して、
お腹いっぱいになったっていう時とかなんで、
自分の生きる意味は、そこらへんに答えがあるのかな、と。

篠原さんは、今は、
昆虫食の人、みたいな見られ方をしてますけど、
興味関心としては、昆虫だけじゃなくて、
「自然」のもの全体に向いてるわけですよね。


そうですね。昆虫一つとっても、
食べる以外にも、様々な魅力がありますし、
自然とか動植物とか、地球に関わる要素が大好きで、
それを感じるための手段の一つとして昆虫食があって、
今は、ある程度それに絞って、探求しているところです。

この先の人生、何をして生きていくのかは、
僕もまだ模索しているところです。

うん。
篠原さんが関わっていく領域は、
これからも増えていくんでしょうね。

ただ、それでも、
自分の核にある、地球への想いだとか、
地球と共に生きていきたい、っていう気持ちは
ずっと変わらないと思うので、
そこだけは、一生貫いていくテーマだろうなと思います。
地球と共に生きる、終わることのない挑戦ですね。
(2014年9月 代々木公園にて)


【ヒトゴトへの一言(篠原祐太)】
昆虫食などの表面的な活動だけではなく、
価値観や軸となる想いまで話せて幸せです。

これも、偏にインタビュアーさんのお陰。
素敵な場を創って下さった清水さんに感謝。

清水宣晶からの紹介】
小学生の時、こんなお兄ちゃんが近所にいたら、
まちがいなくスーパースターだろう。

篠原さんは、とにかくキャパシティーが大きい人だ。

食べる物にかぎらず、場所も人も、自分から拒むことはなく、
たいがいのものは自分の中に取り込んで、消化して、吸収してしまう。

人は皆それぞれ、自分の行動を規定する「枠」を心の内側に持っているけれども、
篠原さんはその枠がとても柔らかくて、常識のはるか先まで伸びていく。

話を聞いていて、それは、彼の好奇心がとんでもなく強いからなのだとわかった。

「最初になまこを食べた人はエラい」とはよく言うけれど、
それはきっと、篠原さんみたいな人だったんだろう。

昆虫食というとまだまだ日本ではキワモノのイメージがあるが、
篠原さんは、いたって真面目にストイックに、
それを身近な文化に変えようとしている。

そういう大変革を起こせるのは、篠原さんのような、
並みはずれた好奇心と行動力を持った人なのだと思う。

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