小橋賢児


1979年8月19日生まれ、東京都出身。
8歳の時に自ら送った一枚のハガキがきっかけとなり芸能界デビューする。
『ちゅらさん』『スワロウテイル』『あずみ』など数多くのドラマや映画で活躍。
2007年、自らの可能性を広げたいと俳優活動を休業し渡米。
その後、世界中を旅しながら映像制作を始める。
帰国後、ファッションブランドのPV監督やDJ、イベントプロデュースなど、俳優の枠を超えてマルチに活動。
そして2012年、作家・自由人の高橋歩氏の旅に同行し制作した映画「DON'T STOP!」で映画監督デビューとなる。
2011年、本作が「SKIPシティ国際Dシネマ映画2011」にて「SKIPシティアワード」を受賞、
同時に「SKIPシティDシネマプロジェクト第2弾支援対象作品」に選出された。

映画「DON'T STOP!」公式サイト
http://dontstop.jp/

(C)2011「DON’T STOP!」製作委員会

ネパールで見た風景

(清水宣晶:) 小橋さんが、俳優を休業したきっかけっていうのは、
もとをたどると、、やっぱり、旅ですか?

(小橋賢児:) 最初のきっかけは、そうですね。
26歳の時に、初めてネパールに行った時、
そこで、自分と同い年の男の子に出会ったんです。
生活の水準とかを単純に比べたら、
日本に住んでる僕のほうが、裕福ではあったけれど、
彼は、かわいい子供と奥さんに囲まれて、
その生活を見ていると、すごく幸せそうだった。

うんうん。


で、僕が、夕日を見に行きたいって言った時に、
バイクの後ろに乗せて、連れて行ってくれたんです。
その時、彼の背中がすごく大きく感じて。
当時の自分の不甲斐なさとかも含めて、号泣しちゃったんですよね。
芸能界でのポジションだとか、細かいことを気にしてて、
人間力が足りないなあ俺、と思って。
その時に、物事の価値観がちょっと変わったんです。

それ、スゴいなあ。
一瞬の風景で、
世界の見え方が変わったんですね。

それから一年ぐらい休業して、旅をするようになって。
その中で自分が感じたリアルを切り取りたい、って思うようになった。
だから、映画を作ってた時って、
「こんなものを作ったぞ」って人に見せてやろうって気持ちよりは、
僕自身が、映画作りをしながら、
人生の旅をしたかったっていう気持ちだったと思うんですよね。

小橋さん自身が、まず、
まだ知らない世界への旅を求めてたんでしょうね。

たぶん、そういう心境の自分だったからこそ、
今回、映画の中に出てくる旅のメンバーに出会って、
いろんな出来事を見させられて、
「DON'T STOP!」の映画が出来上がったと思うんです。

それは、あるでしょうね。
もし、違う人がこの旅を撮ってたら、
違う出来事が起こって、違う映画になってただろうし。

「この旅、いい旅になるぞ」っていう直感って、
たぶん、旅人はみんな持ってると思うんです。
僕も、旅してる中で、絶対何か起きるぞって思う時があって、
今回もなんとなく、リアルなものが切り取れるだろう、
っていうのは、感覚としてありました。


最初に、ネパール行った時には、
俳優を休業することは考えてなかったんですよね?

まったく思ってなかったです。
20歳前後くらいから、自分の心は「NO」って言っていても、
心にフタをして、違和感を抱えたような状態が続いていて。
20代半ばになって、30代を見据えた時、
このままじゃいけないって思って、
少しずつ、生活や遊び方を変えていった中で、
ふらっと出かけたのが、ネパールだったんです。

ネパール、っていうのは、
前から行きたいと思ってた場所だったんですか?

そういうわけでもなくて、
なんでネパールだったか、わかんないんです。
「少年アシベ」でスガオくんが行ってたな、とか、
それぐらいのイメージしかなくて。

(笑)スガオくん!
なんか、雪男みたいなのといるんですよね。

そういう、全然知らない、
未知の世界に一人で行くっていうことに、
ワクワクしたのはあった。
ほんとに、原点はその、ネパールからですね。

全部入れて、全部捨てた

「DON'T STOP!」を制作するきっかけになった、
高橋歩さんと出会ったのは、いつ頃だったんですか?

最初に会ったのは、2年くらい前に、
歩くんがハワイの本屋でトークショーをやってた時です。
その時に聞いた話しに、
「なにか夢を語った時、大人はその夢に理由をつけたがるけど、
夢に理由なんかねえよ。ワクワクするからやるだけだよ。」
っていう言葉があったんですけど、
ものすごくストレートで、素敵だなと思って。


小橋さんにも、
響くところがあったんですね。

そういえば自分て、昔から俳優業をやってたけど、
みずから窮屈にして、いろんなことを言い訳にして、
自分の可能性を狭めていたなってことに気づいたんです。

そのしばらく後に、
CAPさんとのアメリカ行きのことを聞いたんですか?

話しを聞いたのは、
その日の夜にあった、飲み会の時です。

あ、もう、
その日のうちに!

「今度、車椅子に乗った不良オヤジと旅するんだよね。
26歳の時に事故に遭って、右腕しか動かないんだけど、
ルート66でハーレーに乗りたいって言うオヤジがいて」って。
その計画を聞いた時、すごくワクワクして、
脳みそスパークしたのが始まりだったんです。

それより前には、
映画を撮ろうって考えてたことはあったんですか?

いや、映像は自分でも撮ってたんですけど、
映画のことなんて考えたことなかったんです。
でも、その話しを聞いた瞬間に、
「映画撮らせてください」って言っちゃったんですよ。

その時、突然。

スイッチが入っちゃったんですよね。
で、飲んでる席で調子いいこと言っても、
次の日酔いが醒めると、
「やっぱり、無いだろう」って、
流れちゃうパターンって多いじゃないですか。
歩くんも、それを確かめたかったみたいで、
しばらくして、「この前言ってたこと本気?」って聞いてきたんですけど、
もう完全にスイッチ入ってたから、
「本気だから、撮らせてください」って言ったんです。

咄嗟に思いついたことだけど、
その場のノリで言ったことじゃなかったんですね。

「そこまで本気なんだったら、CAPがいいって言うならいいよ」
って歩くんが言ってくれて。
旭川から2時間くらい車で走って、
北海道の名寄っていうところまで、会いに行ったんです。

先に、映画を撮ることを考えた後に、
その本人に会うって面白いですね。

そう、ドキュメンタリーの映画撮るっていったら、
普通は、まず先に人があって、
この人の映画を撮りたい、ってなりますけど、
直感的に「撮りたい」って思った後に、
その本人に会いに行ってるわけですよね。
だから、田舎道を走ってる途中、不安になるわけですよ。

どんな人が出てくるのかなあ、って。

で、行って、家に着いたら、
赤い車椅子に乗って、マルボロのタバコ吸って、
星条旗のタオルとバンダナとサングラスしたCAPさんが、
「How are you?」って出てきたんですよ。
ちょっとズッコケそうになりながらも、
その瞬間に、自分の直感は間違ってなかった、って思いました。

ぶはははは!
会った瞬間、この人ならイケる!と。


ぜひ、この人の映画を撮りたい、と思って。
そこからもう、急いで準備ですよね。
6月に会って、旅は9月からですから。

小橋さん、映画の作り方っていうのは、
知ってたんですか?

全然知らなかったです。
映画っていうものに、役者としては関わってたんですけど、
でも、映画を作るって、別ものじゃないですか。

そうですよね。

それから、「映画の作り方」みたいな、いろんな本を読んで、
ドキュメンタリーものの作品をかき集めて見まくって。
でも、それで、いいものを学んだり、
誰かの手法を真似するっていうよりも、
「これはイヤだな」っていうのをカットしていった、
っていうことが多かったです。

それは、面白いですね。
取り入れるんじゃなくて、捨てていったんですか?

知識としても、CAPさんの好きな、
60年代とか、ルート66とか、「イージーライダー」とか、
そういうものを全部入れて、全部捨てることにしました。

自分の血肉として取り込んだ上で、
いったん忘れることにしたんですね。

そう!そういうことです。
それから1ヶ月間、CAPさんのところに住み込んで、
たくさん話しをしました。

1ヶ月、一緒に住んでたんですか!
それは、CAPさんのことを知るためにですか?

僕は、映像に映るものだけじゃなくて、
見えない時間をどれだけ使ったかって大事だと思っていて。
人間て、深くつきあうほど、見える顔が違ってくるし、
1ヶ月間一緒にいるうちに、
他の人には見せない表情を見せてくれたりとか、
あると思ったんです。

そういえば、
映画の最初のほうで、夕暮れ時の丘でCAPさんが、
自分の考えてることとか、夢を素直に話す場面があって、
そのシーンが、すごく印象に残ってます。

そういう本音っていつでも出てくるわけじゃなくて、
タイミングがあると思うんですよ。
ただ単純にインタビューしようと思っても、
なんかカッコつけちゃうし、絶対本音は出てこない。

それは、すごくわかります。
「さあ、話してください」って正面から来られると、
ここでいいこと言わなきゃ、とか、
自分の言葉じゃないことを話したりしますよね。

CAPさんがちょっと落ち込んで、
感情がワーって溢れてる時だったから、
「俺、こんな夢持ってたんだ・・」って話しが出てきたんです。
だから、あれは、最初で最後の一回きりです。

たった数十秒間の場面ですけど、
長い時間を一緒に過ごしていないと、
立ち会えないタイミングですね。

決めないことの大切さ

「DON'T STOP!」って、あらかじめ用意された、
脚本みたいなものが、まったく無い作品ですよね?

無いです。
撮影の前までは、いろんな情報を自分の中に入れて、
想像はしたんですけど、撮影に入る時に、全部捨てました。


それも、全部捨てましたか。

捨てないと、動物的勘で動けないじゃないですか。
「今日は、夕日を撮影する日だ」、とかって決めちゃってると、
こっちで何か別の出来事があった時に、すぐに対応出来なかったり。

そうですね。
プランがあると、そのスケジュールを
消化することのほうが優先になっちゃう。

それは、なんか、僕自身が旅をしてる中で、
決めないことの大切さっていうのを感じてたんです。
ゴールだけは決めて、あとは起こることに従う。

でも、怖くなかったですか?
旅の10日間、もしかしたら何も起こらないかもしれない、
っていう可能性もあったわけでしょう。

ありました。
でも、そこはもう、
最初に感じた直感を信じるかどうか、の世界ですね。
すごい不安になってきて、自分に、
「本当に大丈夫なんだろうか?」って問いかけるんですけど、
「絶対大丈夫」って言い聞かせて。

脚本がないドキュメンタリーだと、
大事な瞬間を撮り逃したらいけない、
っていうプレッシャーも、すごいあったでしょう?

それは、ほんとに常に感じてましたね。
いつ何が起こっても、すぐに撮れるように、
キャンピングカーの床に寝袋を敷いて、
みんなが寝静まるのを待って、
一番最後に寝て、一番最初に起きてました。

うわーー!
それ、どういう距離感だったんです?
常に隣りに張り付いてるんですか?

そう、ずっとです。
CAPさんが、キャンピングカーのソファーを
ベッドにして寝てたんですけど、
僕はその下に、寝袋を敷いて寝てたんです。


そうだったんですか。
でも、だからといって、
小橋さんが存在感を出しちゃいけないわけですよね。

そう、普段は空気のように存在を消すんですけど、
質問とかをしてガッと行くときは行く、っていうことはしてましたね。
でも、その場で口論とか、何かの出来事が始まると、
僕はスッてこう・・空気になるんです。

ぶははははは!
その瞬間、気配を消すんですね。
それにしても、みんなの素の姿に、
よく、あそこまで密着できたなと思いました。

俺は真剣にカメラをまわしてるぞ、っていう気を出してると、
「ごめん、ちょっとカメラ止めて」とは誰も言えないんですよ。
空気のような存在でもあるんですけど、人間って不思議で、
真剣に内側に入り込んでない「部外者」がその場にいると感じたら、
やっぱり、本音の話しは出てこないんです。

それは、すごくわかります。
単に気をつかってジャマしないように撮ってるだけだと、
周りも変に意識して、素の状態にはならないですよね。

そう、僕のことを気にせずに話してもらうんだけれど、
僕がいることによって、さらに熱くなる、
っていう状態にならないとダメだと思うんです。

なるほど!
それ、ものスゴく繊細な立ち位置だなあ。

観た人が答えを出すこと

あと僕、「DON'T STOP!」って、
ナレーションがないっていうのが、
すごくいいと思ったんです。


ナレーションを入れることも、
最初考えたんですけれど、考えた上で外して、
思いは全部、映像に乗っけることにしました。

言葉じゃない部分で、
伝えることにしたんですね。

すごく近い距離からの映像を観ている時って、
旅に同行しているような気持ちになれると思うんですけど、
でも、ナレーションが入ったら、そうはならない。
急に受け身になっちゃう。

ああ!
そう思います。
言葉でのメッセージ自体、映画の中では最小限に
抑えられてる感じがしますね。

僕は、メッセージって、
観た人がそれぞれ、自分の人生に置き換えて、
答えを出してもらえばいいと思っていて。
映画っていうのは、気づきのきっかけの場になれば、
それでいいと思ってるんです。
僕がメッセージを言葉で言ってしまうと、
そういう先入観で観ちゃうじゃないですか。

そうなると思います。
どうしても、引きずられますね。

人間て、足りないと、考えるし感じるんです。
見えなかったら見ようとするし。
テレビのドキュメンタリーは、
ナレーションで全部説明してくれるから、
ご飯食べながらボーッと見ても、「なるほどね」ってなる。

自分の感覚で考える前に、
「なるほどね」って納得しちゃいますよね。

でも、だからメッセージを入れなかった、
っていうわけじゃなくて、消去法ですよね。
試しにインタビューの映像を入れてみたりとか、
いろんな可能性を考えて試行錯誤しながら、
「こういうのはイヤだな」って思ったものは、
外していったんです。

最初っから形が決まってたわけじゃないんですね。


セレンディピティってありますけど、
それに近いですね。

思ってもいなかったところに、
吸い寄せられていくような。

プロデューサーみたいな立場の人に、
「どういう映画作るのか、最初に決めて」って言われてたら、
たぶん、ああいう映画は出来てないと思うんです。

それが、歩さんの波長とも合ったんでしょうね。
とりあえず、やってみてから考えよう、っていう。

そう、とにかく信じてくれ、って。
そこは、プロデューサーが、
僕のことを信じてくれたのが大きかったです。
その代わり、納得いくものが出来るまでに時間がかかりました。
3ヶ月で作る予定が、編集を続けるうちに、
僕が作品をだんだん客観的に見れなくなってきて。

小橋さん自身も一緒に旅に同行してるわけだから、
客観的に見るって、余計に難しいですよね。

そうなんです。
これ、ほんとに面白いのか?っていう、
その感覚がわからなくなって、
いっぺんフラットにしたいと思って、
寺にこもりました。

(笑)寺にこもったんですか!

携帯とか全部取り上げられて、1畳半のスペースで、
一日15時間座るっていうのをやるところなんですよ。
そこに一週間こもって。
いったん感覚をクリアーにして、
そこからまた3ヶ月、客観的に見れる人を新しく入れて、
さらに編集するっていうことをやってましたね。

編集をする時っていうのは、
なにか、方針はあったんですか?

旅の中で、物理的に起こる出来事っていうよりも、
人の心の流れ、っていうところをジッと見ました。

その、小橋さんの、
内面に潜っていく作り方っていうのは、
試行錯誤をしながら出てきたと思うんですけど、
元はなにか、自分自身の経験から来ているものなんですか?

20代の最後くらいに、肝臓を壊して倒れて、
彼女にもふられて、ほんとうにダメダメな、
1ヶ月くらい寝たきりみたいな状態になったことがあったんです。


肝臓を壊したっていうのは、
酒の飲み過ぎで?

僕も最初そうかと思ったんですけど、
酒が原因じゃなくて、
肝臓って、感情と結びついてるみたいです。

かなりのストレスがかかってたんですね。

このままの状態で30代をむかえたら、
年齢とか、仕事の事情とかを言い訳にして、
いろんなことを諦めちゃうんだろうなって思ったんです。
で、身体を治すために、茅ヶ崎に引っ越して、
トレイルランや、ライフセービングのトレーニングをしながら、
自然の中で少しずつ療養して。
その時の、どん底に落ちた経験っていうのは、
真理の探求って言ったらおおげさですけど、
人間の大切なものとか、心の深さとか、
そういうものを探す旅だったと思います。

その経験があったからこそ、
CAPさんや歩さんの想いと通じあうところがあったり、
映画作りの糧になった部分があったんでしょうね。

それも、後になって気づくことですけどね。
そう考えると自然のことで、
そういうタイミングだったのかなって思うんですけど。
CAPさんが生きて、そこにいることによって、
周りの多くの人を巻き込んで、変えていった。
それって、スゴい存在意義だなと思うんです。

CAPさんだけじゃなくて、その周りの、
一緒に旅をしている全員が変わっていきましたよね。

よく、ドキュメンタリーだと、
「その後、彼はどうなったか」って、
後日談の映像が続いたりするじゃないですか。
でも、それは入れないようにしよう、と思って。
映画の物語は、サンタモニカに着いたところで終わり。
大事なことは、CAPさんを媒介にして、
今度は、自分自身が人生に向き合う時に、
「あなたは、明日からどう生きますか?」
っていうことなんだと思います。

ああ・・
ほんと、そうだ。
「じゃあ、オレは何をするんだ?」と。

そう。
観てくれた人たちが、どういう行動をとるのか。
僕はそこに、すごく興味があるんです。
(2012年7月 表参道「MERCER CAFE TERRACE HOUSE」にて)


清水宣晶からの紹介】
小橋さんと会い、話しをし始めて、僕はすぐに好感を持った。
体験してきたことをベースに、自分の頭で懸命に考えたことを、率直な言葉で語っている。
真っ直ぐにこちらを見据えて、飾ることなく熱心に話してくれたことが、とても嬉しかった。

「DON'T STOP!」という映画を観て、これはテレビで見慣れているドキュメンタリーとはまったく違うという感想を持った。
わかりやすく示されたテーマや結論があるわけではない。映画の途中で感情を揺さぶるBGMが流れるわけでもなく、ナレーションすら挿まれていない。
そこで提示されるのは、旅の過程で起こったひとつひとつの出来事や、実際に語られた言葉の積み重ねで、そこから何を感じるかは、完全に観る者の判断にゆだねられていた。
そういう作り方だったからこそ、この映画を観終わった後、自分自身にあてはめて考えたことがたくさんあり、心の中に余韻が残ったのだと思う。

俳優という、「人に見られる」仕事をしてきた小橋さんが、どうしてここまで、みずからの存在を完全に消して作品を作ることが出来たのか不思議だったけれど、話しを聞いて、今回の映画作りの過程すべてが未知の「旅」であり、新しい挑戦だったのだとわかった。

小橋さんにとって、映画監督というのは、最終到達点ではない。
今回は、訪れた流れに直感的に乗り、映画を作るという形で表現をしたけれど、次に新しいテーマが見つかった時には再び、懸命にゼロから掘り下げて、最適なアウトプットを考えていくんだろうと思う。
その、本質を真摯に追求する姿勢から、また、彼にしか作れない作品が生み出されるのを、今からとても楽しみにしている。

SPECIAL THANKS TO

佐藤孝治佐藤孝治さん
映画「DON'T STOP」と小橋賢児さんをご紹介いただきました。


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