石神夏希

1980年生まれ。
1999年「ペピン結構設計」を設立以降、作・演出を担当。
2002年「東京の米」 にてかながわ戯曲賞最優秀賞受賞。
2005年 World Interplay2005(オーストラリア)に参加。
その他、ペピン外への脚本提供、ワークショップ講師など。

演劇の代表作に『東京の米』(2002)『お母さんしかいない国』(2011)。脚本・演出家として活動するほか、物語、インタビュー、広告など様々な形で文筆活動を展開している。

場所の力を借りる

(清水宣晶:) 石神さん、おとといまで、
九州に行ってたんですね。

(石神夏希:) そう、今度、
小倉で演劇公演をやる企画があるので、
町のリサーチのために、しばらく現地に行ってました。

ん!?
公演で、町をリサーチするんですか?


私たちがお芝居を作る時は、
劇場でやる時と、劇場以外でやる時と、
半々ぐらいなんですけど、
劇場以外の場所でやる時は、下見にかなり時間をかけますね。

劇場以外っていうのは、
どういう所でやるんです?

倉庫だった建物だったりとか、誰かの家とか、
十何年も前に閉店した喫茶店とか。
そういう、空間と、自分たちの日常生活がクロスするような
作品を作る場合は、その場所を知ることがすごく大事なんです。

作品を作る前に、場所を見て、
ここでどんな話が書けるだろう、
ってことを考えるんですか?


そういうことが多いですね。
今回の場合は、商店街の中で芝居をやるので、
町のことをわかってないと、
その場所に合ったものを作れないと思って。
だから、現地では、商店街の人にインタビューをずっとしてました。

作品を作るために、
インタビューをするんですね。

そう、そこに住んでいる人たちが、
どういう商売をしていて、町についてどう考えているか、
っていうことを聴いたり。
町の人たちが、ここをどんな場所だと思って、
観に来るかを知った上で作りたいっていうのはあります。

見ただけの印象ではわからない、
場所が持っている記憶みたいなものを集める感じですね。


今いるお店も、庭にプールがあって、
もともとは漫画家が住んでいたところですけど、
そういうことを知っているのと、知らないのでは、
この場所が全然違うものに見えてきたりとか。
(※この、スターバックス鎌倉御成町店には、
「フクちゃん」の作者、横山隆一が住んでいた)


作品を作る時には、
場所とストーリーとを、
関係させたりするんですか?

たとえば、
外に運河がある倉庫で公演をする時は、
海とのつながりが話しの中に出てきて、
最後に、扉を開けて外に出ていったりとか。
その場所の力を借りる、っていうことはありますね。

面白い!
それは、演劇ならではのリアリティーだと思います。
映画じゃ、実際に扉を開けて外に出ていくなんて演出、
出来ないですもんね。

まあ、こけおどしな部分もあるんですけど(笑)。
でもそういう、場所とのつながりを考えている時っていうのは、
自分たちが作品を作る過程で、一番楽しい時かもしれません。

大事なことを言葉にする

石神さんが、ライターをやろうと思ったのは、
どのタイミングからだったんですか?

最初の仕事を辞めて、旅に出たり、しばらくのんびりした後、
自分は何をやりたいのかなって真面目に考えたんですよね。
ベローチェかなんかで、20分くらいですけど。

はい。

その時出た答えが、
シャーマンになりたいっていうことだったんです。

シャーマン!?

そうなるには、いったい、
どうしたらいいんだろうって考えて。

日本だと、「いたこ」ですかね。


「いたこ」かな、とも思ったんですけど、
わたし、霊感があるわけではないし。
自分は書くことが好きなので、書くことを使って、
シャーマン的なことをやるしかないなと思って。

シャーマン的なことっていうのは、
見えないものを形にするっていうようなことでしょうか。

そう、おっしゃる通りだと思います。
それまでも、書くっていう行為は、
演劇的な表現としてやっていましたけれど、
人の話を聞いて、まだ言葉になっていないものを言葉にする
っていうことを仕事にしようと思ったんですね。

なるほど。
人が考えているけれど、まだ外側に表れていないものを
形にするっていうことですね。

人と会ってる時、友達とか家族とかでも、
ほんとに大事なこと話してないな、って思うことがあるんです。
なんか、そういう適当な話をするのが苦手、っていう気持ちがあって。

はい。

私も苦手だけど、そういう時、みんなも、
ほんとに面白いと思って話してるわけじゃないと思うんです。
それって、つまらないし、私はどう受け止めていいかわからない。

世間話しとか、うわべだけの話しじゃなくて、
中身のある話しをしたいって思ってるんですね。

でも、そういう場って少ないと思うんですよ。
学校でも会社でも、宇宙のこととか話さないじゃないですか。
宇宙のことって大事でしょう?大事じゃないのかな。

宇宙のこと!
それは大事だと思いますよ。


ダークマターのこととか、
スマトラ沖地震が起きて、
地球の形がちょっと変わったこととか、
みんな、あんまり話さないでしょう。

うんうん。

そういうことを、「あっ!」って思っちゃった時に、
話したいと思っても、あんまり話せない。
自分の家族のこととか、私ってなんでここにいるのかってこととか、
意外と、誰も話ししないでしょう。
本当に大事なことでも、
言葉になっていないことがいっぱいあると思って。
それを形にしたいって思ったんですよね。

それは、よくわかります。
僕がこういうインタビューをやってる理由と似ていて、
自分がよく知ってると思う友達でも、
意外と、根本のことを話したことがなかったりするんです。
それを「インタビュー」っていう場をつくることで、
あらためて、本質的な話題を話せるっていうのはあると思います。

そういうのが、大事と思うんです。
あらたまって聞いてくれないと言えないことって、
いっぱいあると思うから。


そうでしょうね。

もともと、演劇をやる時も、
そういうことをしたいって思ったんです。
舞台って特殊な空間で、みんな、
言ったことないことを言うことが出来たり。

そうか、
普通の会話では言葉に出しにくいことでも、
舞台の上では自然に言えちゃうって、ありますね。

松山千春の「恋」っていう歌があるじゃないですか。

「♪愛することに疲れたみたい」の。

「洗濯物は机の上に」、ってあるんですけど。
あの女性の気持ちは、結局、言葉として発せられないままで、
誰にも伝わってないでしょう。
それを、松山千春が代わりに言葉にしたわけですよ。

なるほど!

そういう、あったんだけど言ってない、
大事なことっていっぱいあって。
それを、千春みたいな人がいるから、
やっと、つっかえていたものが取れる、みたいなね。

「念」を伝えて、成仏させる、
「いたこ」みたいな役割ですね。

そういう場があると、
みんなもっと真剣になると思うし、
「本当はそれ言いたいよね?」ってことを、
たとえ本人じゃなく他の人でも、言葉にすることで救われることがあると思うんですよ。
本当のことに近づく瞬間、みたいなのがあって、
そういうのが、小説とか、演劇の力の一つな気がします。

相手を見る

石神さんがインタビューをする時っていうのは、
自分なりのやり方ってありますか?

うーん、、
その人は、何したい人なんだろう?って、
まず、考えてるかもしれないですね。

「何をしたい人」か?

何が楽しくて生きてるのかな?
みたいなことに興味があるんです。
その人は、そもそもどんな人なのか、
どういうたたずまいを持っているか。

それは、言葉には表れない、
雰囲気みたいなことですか?

その人がしゃべっていることは、
情報としては書くんですけど、
極端に言えば、それはどうでもいいんです。

ほうほう!


たとえば、あの木みたいに、
「ゴツゴツしてるなあ」っていう印象を私が受けたとしたら、
その感じを記憶しておいたり。
私が会ってとらえなければいけないことは、
何を伝えたい人なのかなっていう「エネルギー」で、
それをつかめていないと、
言葉だけが並んでても、バラバラになっちゃいますね。

それは、すごく分かります。
僕は、インタビューって、半分は編集だと思っていて。
元の言葉が一緒でも、聞き手が受け取ったものによって、
それをまとめる時に変わってきますよね。

そうなんです。
どういう視点で書くかっていうことが、
結局、私が書くか、他の人が書くかの違いと思うんですけど。
その時に、「私がとらえたその人」を材料に、
言葉を選んで置き換えていくわけなんで、
そこがちゃんと伝わらないと、記事が魅力的にならない気がします。

面白い!
そうですね。

その人が、どういう人かがわかっていないと、
間違っちゃうじゃないですか。
だから、他の人が取材してきたテープの
文字起こししたものだけもらうと、困りますよね。
どんな人だかわかんないよ!って。

ああ、、それは、
かなりキツいと思いますよ。

だから、話の内容よりむしろ相手の「エネルギー」を私なりに理解するっていうことに、
対面で取材した意味というか、
自分がその場にいた意味があるんだと思います。

僕が石神さんに興味を持ったのは、
インタビューと演劇の両方をやってるっていうことだったんです。
その二つって、近いものがあるんじゃないかと思っていて、
石神さんは、既にその関係をわかってるんじゃないか、と。


演劇って、やっぱり、ダイアログ的なんだと思います。
役者が何かを発信した時、了解がとれたかどうか、
とか、役者にも伝わりますよね。

たしかに。
観客はしゃべらないけれど、
演劇の空間は、インタラクティブですね。

それで、作品が変わっていくじゃないですか。
そこは、すごく近いと思いますね。
ほんと、生モノというか。

やっぱり、観客の反応によって、
作品が変わってきたりしますか?

演劇の作品って、「問い」だと思っていて。
「こう思うんだけど、どう?」
みたいな受け応えでやってる気がしますね。

観客って基本、無言で観てますけど、
それでも伝わってくるものって、結構ありますか?

ありますね。
今日は、ちょっとテンション低いな、とか。
あんまり大きな劇場でやってるわけじゃないから、
すごい距離が近いので、「スベった」とかも空気で感じるし。

ぶはははは!
それは、感じたくない空気ですね。

どう見せたらモテるかを考える

石神さんは、演出っていう部分では、
どこに面白さを感じてますか?

大学で劇団を立ち上げたとき、
そこに、まったく演劇をやったことがない人が
入団を希望して来ることが結構あって、
演じてもらうと、スゴい面白かったりするんです。

上手い、じゃなくて、
面白い、なんですね。

「なんでこんな人が?」みたいな人も来るんですけど、
私には、そういうのがたまらなく面白いんです。
もう、危険な感じなんですよ。

(笑)危険な感じ!

その人は役者って言えるのかどうかわからないけれど、
下手でも、セリフがわからなくても、
面白かったら、それでいいじゃないですか。
演出がいいなって思うのは、その人をいかに舞台に上げるか、
っていうことを考えられることで、
そこに楽しさを、すごく感じてるんですね。

どうしたら、
魅力が最大限引き出されるかと。

そう、その人がどうしたら愛されるか、
っていうのを考えるのは好きです。
インタビューの仕事でもそうですけど、
この人をどう見せたらモテるか、って考える。

その視点は、一緒ですね。

そういう、愛される演出って、
本人の考える「カッコいい」とは全然違ったりするんですよね。

わかるなあ!
そういうのって、本人より、
周りがプロデュースしたほうが的確だと思います。

そこが、やってて面白い。
オシャレでかわいい女の子が、
そのまま、かわいい感じで舞台に出たらつまらないんですけど、
それを、ちょっと気持ち悪く見せてみたりとか。
そうすると、すごい良くなったり、セクシーに見えちゃったりするんです。

その人の、見たことのない面を
出させるんですね。


そう、そういうのは、すごくドキドキしますね。
本当の姿かどうかはわからないですけど、
普段見えていないものを、人前にさらけだしたい、
っていう欲望はあるかも(笑)。

芝居を一緒に作る人たちとは、
たくさん話しをしたり、
お互いを知ったりっていう過程は多いですか?

ウチの劇団は、結構多いですね。
作品も、俳優のみんなが考えてることを聞いてから作るので。
「最近どうなの?」みたいなことを話して、
その中でなんとなく共通する話題や雰囲気を抽出して、
みんなに作文を書いてもらったりして、作るんです。

それも、お互いがお互いに、
インタビューやってるみたいな感じですよね。

まさに、まさに。
この前、「お母さんしかいない国」っていうお芝居をやったんですけど、
出演してるのは、みんな男の子なんです。


これは、、
4人とも、お母さんの役なんですね。

作品を作る前に話しをしてたら、
みんな、雑談でお母さんの話をし始めて。
すごい量の米が贈られてくるとか、
最近物忘れが激しくて不安とか、そういう話しを聴いてたら、
お母さんというものが、みんな、よくわからないらしいんですね。
それが、面白くて。

じゃあ、お母さんの役を演じてみようじゃないか、
ってことになったんですか?

役を演じるというのは、他人の気持ちを理解しようとするわけですよね。
理解できないお母さんを理解しようとすることと、
性別的にお母さんにはなれない男の子たちが
お母さんを演じるという演劇的な行為を重ねようと思ったんです。
そういう、わからないものをわかろうとする、
っていうことを芝居を通じてやっている感じですね。

演劇の身体性

突然、ちょっと大きな話しになるんですけど、
これから、演劇っていうものは、
どうなっていくと思いますか?


私は、流れとしては、
演劇の未来は明るいと思ってるんですよ。
演劇っていうものが社会にあることの、
意義とか豊かさを感じやすい世の中になっていると思うので、
一時期よりは、だいぶいい流れになってると思います。

それは、
何の影響なんでしょうね。

今、演劇の世界を引っ張ってる人たちが、
いいものを作ってきたっていうこともあると思いますし、
世の中的にいろんなことの限界が見えてきているっていうのもありますし。
震災のこともあったかもしれないし。
みんな、身体のこととか考えるようになってるんだと思います。

身体のこと、
というのは?

身体のサイズだったり、
自分が今、ここにいるっていうことだったり。

実際に触れたり、
体感が出来るものに意識が向いてるってことですね。

そう、今、
日本っていう国はそっちに行ってると思うんです。
リアルタイムに、何かを他の人と共有することは、
ニコ動なんかでも、バーチャルに実現出来るんですけど、
でも、やっぱり、リアルな場や空間を共有しているっていう感覚が
求められている感じがします。

なるほど。
演劇ってのは、まさに、
リアルな場を共有する体験ですよね。

その影響かはわからないんですけど、
演劇いいよね、って思う人が増えてる気がする。
一時的な流行りかもしれないですけど、
でも、演劇が無くなるってことはないでしょうし。

そうでしょうね。
身体ひとつあれば、どこでも出来るし、
すでに、何千年も続いてきているんだから。

演劇の基本は「人間の身体」だと思うから、
この先もずっと続くんじゃないかな、と思います。

(2012年6月 鎌倉御成町「スターバックス」にて)


清水宣晶からの紹介】
僕が、石神さんのことを知ったのは、住宅情報サイトのインタビュー記事からだった。
このインタビューの切り口はものすごく面白いな、と思い、ライターのプロフィールをみた時、劇団をやっている人だということにとても興味を持ち、今回お話しをきかせていただいた。

石神さんと会って感じたのは、常に、より正確な気持ちを伝えるための言葉を探しながら話しをしているということだった。
今、この場でリアルタイムに生まれている考えを大事にしていることが伝わってきて、僕自身も、それに応えようと、いつもよりも時間をかけて、じっくりと考えながら対話に臨んでいたような気がする。

石神さんが言ったことの中で特に印象的だったのは、演劇もインタビューも生モノだ、という言葉だった。その時、その場で生まれたものがすべてで、それに居合わせたことが自分がそこにいる意味だという姿勢には、とてもすがすがしいものを感じる。
この先も、作品を作りながら進化し続けるであろう彼女の、「現在」に立ちあえたことが、とても嬉しい。

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