田中美妃


北海道札幌市出身。
高校を卒業してすぐに上京。
短期大学で幼児教育を学んだ後、幼稚園に3年間勤務。

「ぎょうざの宝永」初の東京出店となる戸越銀座店にてお店を切り盛りしている。

■音更餃子「ぎょうざの宝永」戸越銀座店
https://www.facebook.com/otofukegyozanohouei/
(2018年11月 戸越銀座「餃子の宝永」にて)

家業の餃子屋さん

(清水宣晶:) 着いた。


どうも、こんにちは。

(田中美妃:) あ!こんにちは。

来ていただいて、ありがとうございます。

入口のドア、開けておいても大丈夫だったですか?

今日は定休日なんですけど、電話があって、今日餃子を買いに来たいっていう方がいて。
ブラインドだけ、半分降ろしておきますね。


お店をオープンしてから、もうどのくらいになりました?

今月(2018年11月)末でちょうど1年ですね。

おお!
1周年おめでとうございます。
僕、ミキさんが餃子屋さんをやることになった、その経緯にとても興味があって。
今日は、それを聞かせてもらおうと思って来ました。
餃子屋さんの前は、何か別のことをやってたんですか?


私、札幌の出身なんですけど、大学から東京に出て来て、幼児教育を勉強していて。
卒業した後3年間、幼稚園の先生をやってたんです。

幼稚園の先生!
その経歴はまた、面白いなあ。

そこで、子どもたちと、お母さんお父さんの関係を見ていたり、親元を離れて暮らしている中で、両親の仕事を一緒に手伝いたいなっていう気持ちが強くなってきて。
仕事って一日の中で、一番費やす時間が多いじゃないですか。

はい。


なにか親孝行につながることをやろうって考えたことから始まり、両親がやっていた餃子屋を、東京でもっと広めていきたいなと思って。

え?
ご両親は、餃子屋をやってるんですか?

お父さんは他にもいろいろな事業をやっているんですけど、その一つとして、餃子の販売も10年くらい前から始めたんです。

お父さんは、どういうことで、餃子を扱うことになったんでしょう。

たまたま、友人に音更餃子をもらって「すっごい美味しいな、これ」って感動して。
なんで十勝でしか買えないんだ、って言ってたんです。

あ、その時は、十勝でしか売ってなかったんですね。


札幌で広めたら、これは絶対みんなに食べてもらえる、と思ったみたいで、お母さんと一緒に札幌で販売店を始めて。

そうか、じゃあ餃子屋さんっていうのは、もともとミキさんの実家の家業だったんですね。

そう、それでもう10年以上、今でもお母さんが札幌でお店を切り盛りしてますね。
東京に出店してからは、「ここにお店が出来ててびっくり」って来る人が結構います。

ああ、もともと音更餃子のことを知ってる人が、「東京にお店ができてる!」って。

そうです、そうです。
北海道出身っていう人も来ますし、北海道の人に教えてもらって食べたことがあるから来た人もいて。

関東エリアでは、このお店だけなんですか?

北海道の他は、岩手と仙台にはあるんですけど、それより南では、このお店だけですね。

ああ、それは音更餃子ファンの人は、東京にお店が出来て嬉しいわ。

(入口のブラインドをくぐって、入ってくる人影)
おはよう。

あ、おばあちゃん、今日はお店お休みなの。
冷凍の餃子だったら売ってるんだけど。

ちがうの、家で余った物を持ってきたの。
とうとう電子レンジが壊れちゃったから。
これ、食べて。


いいんですか?
いただきます。

(そのまま静かに立ち去る)


ああ、なんか、お客さんとの距離が近いなあ。
ちょっと昔の時代に戻ったようなやりとりですね。

町の人が面白いんですよ。
一日ここにいるだけでも、すごく面白いです。

音更餃子はどんな餃子か

ミキさんは、小さい時から、身近で自営業のお父さんの仕事を見て育ってるわけですよね。

そうです。
でも、高校生ぐらいまでは、何やってるか、あんまりわかってなかったですね。

うんうん。

あ、あれもやることになったんだーって思ってるぐらいで。
最初に音更餃子を家に持ってきた時、「これ旨くない?」って家族に聞いて、みんなで、美味しいね、って言った記憶はあるんですけど、それをいつの間にか仕事にしていたとは知らず。

(笑)あの餃子、売ることになったんだ、と。

常にお母さんがお店にはいたんで、学校帰りに寄ったりはしてたんですけど、その頃はあんまり両親の仕事には関心がなくて。
だから、この餃子に興味があって始めたっていうよりは、お母さんとお父さんがやってきたことを残したいっていう気持ちがまずがあって。

ああ、そうか。

何も知らない人にまかせてしまうよりは、私が思いを引き継ぎたいっていうのが、お店を始めたきっかけですね。


餃子が好きで始めたっていうことよりも、家業を継いでいるっていう感じなんですね。

そうですね、この餃子もすごく好きなんですけど。
お母さんが誰よりも、「おいしいおいしい」っていつも食べてたので、私もそれで好きになって、これを自分でも広めたい、っていう気持ちで始めた感じです。

家では、よく食べてましたか。

冷凍庫にはいつも、必ず入ってましたね。
お母さんが、餃子のアレンジレシピをよく考えてて、チーズフォンデュにしたり、ミートソースかけたり、餃子ピザ作ってみたりとか。

ぶはははは!
どんだけ餃子好きなんだ!

お母さんは、とにかく餃子大好きなんですよね。
何百回も食べてるはずなのに、「ほんと美味しい」って毎回感動した風に言うんです。

いいなあ。
それを見て育ってるから、ミキさんにも影響あるでしょうね。

あると思います。
自分が根っからのファンだから、お客さんが「こんなにハマらせちゃって、どうしてくれるの!」って言ってくれたりすると、私もすごく嬉しいです。


音更餃子は、食べた瞬間に違いがわかりますね。
醤油やタレをつけなくても、十分に味がついている感じがする。

そう、もちろん、醤油とか味噌ダレとかをつけてもいいんですけど、中の味がしっかりしているので、つけなくても美味しいと思います。
戸越銀座商店街って、食べ歩きが有名なんですけど。

あ、そうなんですか?

タレとかつけながらだと食べにくいと思うので、お客さんには「タレがなくても大丈夫ですよ」って言いますね。

たしかに、タレ無しの餃子は、食べ歩きにはぴったりだなあ。
ミキさんが音更餃子の特徴を説明すると、どんな感じになるんでしょう。

4種類の餃子を用意していて、初代からある元祖の餃子は、具材は一般的な餃子と一緒ですね。
ニラとキャベツとニンニク、生姜、お肉。

はい。

でも、その配合が絶妙なバランスで出来ていて、皮も自家製で、小麦粉にこだわっているらしいんですけど、皮が結構、評判ですね。

この、モチモチ感。

そう、モチモチの皮に、はみ出るくらいの餡をたっぷり入れるのが特徴ですかね。
それを工場で、機械じゃなく、手で包んでるんです。

ええ!?
全部、手作業でやってるの?

そう、だから、ふんわりするんですよね。
機械で作りたいけどふんわりさせたい、ってなると、硬くならないように、どうしても野菜を多めにしないといけなくなるんですけど、手包みなら、野菜の量もそのままでいけるんです。

そうか、それでジューシーさも保たれていると。
でも、一日で作る餃子って、大変な数でしょうにね。

そうですね。
何十人もで作っているんですけど、新人さんとベテランの方だと形も違ってきちゃうんです。

ああ、それはそうでしょう。

それも味だと思って楽しんでいただければいいですね。

(笑)それも味。
形はまちまちだけれど、美味しさはどれも間違いないと。

それは、自信を持って言えます。

餃子の種類は、4種類あるんですね。

定番のニラの代わりにトウモロコシを使ったものと、しいたけと、ラワンブキっていうフキが入っているものがあります。


ラワンブキ。

2m以上あって、人より大きいんです。
足寄町っていう町の名産で、それを試しに使ってみたらすごく合って、定番商品になったみたいです。

なるほど。
これは珍しいですね。

このロゴは、私がデザイナーさんと作ったんです。


そうなんですか!

一年前にお店を出す前に、ちょっとデザインを工夫したいなと思って。
その前はゴシック体だったんです。

ぶはははは!
パワーポイントで作りました、みたいな。

この、しいたけはまだ昔の、ゴシック体のデザインですね。


全然違う!
フォントひとつで雰囲気がだいぶ変わりますね。

やっぱり自分で、こうしてみたいなと思うことをどんどん試せるっていうのは、今の仕事で楽しいところです。

このキャラも、もしかして、ミキさんが作ったんですか?


あ、「ギョザピー」。
お母さんと一緒にパートしてた人がデザイナーさんで、その人が作ってくれたんです。

この絵は、餃子の写真を撮ってくれてるカメラマンさんが描いてくれたもので。
これは、お母さんが作ってくれた人形です。


おお!3次元。
すごいなーー。
お店にオリジナルキャラがあるってなかなか無いですよ。

戸越は第二の故郷

戸越銀座は、独特の雰囲気とか、賑わいがありますよね。

この商店街は、昔から住んでいる人がほんとに多いんです。
生まれも育ちも戸越、っていう人が結構多かったり。
そういう人たちが、外から来た私のような人も寛容に受け入れてくれて。
お店に「元気?」って顔見に来てくれたり、お菓子を持ってきてくれたり、「頑張ってね」って声をかけてくれたりするのに、日々温かみを感じていて。

うんうん。

餃子屋なんですけど、商売以外の何かを感じるっていうか、一つ居場所が出来たなって感じます。
まだこんなこと言えないかもしれないんですけど、地元は北海道だけど、どこかに行ったあと戸越に戻ると、帰ってきたなって気がするんです。

第二の故郷ですね。

なんか、ずっとここに住みたいなと、私思ってます。


東京にお店を出すっていう時、戸越という町にはどうやってたどり着いたんですか?

どんな町があるのかなって、東京のいたるところを歩き回った中で、人もいっぱいいて「いいな」って思う町はいろいろあったんですけど、良すぎて。
大手の企業がすぐに確保しちゃうから、空きがまず出ないんですよね。

なるほど。

ああー、もう、どうしていいかわかんないよ、ってなった時、商売として成り立つ場所っていうことも、もちろん大事なんですけど、それ以上に、自分が住みたいと思う町っていうのが大事だなと思って。
戸越を歩いていた時に、ここはすごくいいって思ったんです。

うん、戸越銀座は本当にいい商店街だと思います。
地元以外のお客さんも来ますか?

土日は結構、遠くから来る人もたくさんいます。
でもなんか、人が集まるだけだったらいろいろな町があると思うんですけど、この町じゃなかったら、私たぶんやっていけなかったな、って。

表参道みたいな場所だとしたら、人通りはあるんでしょうけどね。

そういうところは、一見さんが多くて、お客さんとの関係が生まれるっていうことは、たぶんあまりなかっただろうと思うんです。

もともと、イートインの形じゃなく、テイクアウトだけのお店にするっていうのは決めてたんですか?

そこは、すごく迷ってました。
飲食店にするか、販売だけか。
飲食のほうが、食べてくれる割合は上がるので。


そうか。

どっちがいいかわからなくて。
私、飲食店で働いたことがなかったので、まずは餃子屋さんでアルバイトすることにしたんです。

マジですか!

1年続けたんですよね。

餃子屋のことを知るために、餃子屋でアルバイトを。

そこで餃子の焼き方を覚えたり、接客の仕方とかも勉強をさせてもらって。
お父さんから聞いていたことで、商売を始める時は、「経費をどれだけ節約するか」が大事って聞いていたのを思い出して。

スモールスタートですね。

東京では初出店だったっていうこともあって。
厨房作るにはお金もかかるし、リスクが大きすぎるなって思いまして。
それで、コストを抑えられるよう、テイクアウトで焼餃子が作れる店舗、を探しました。

いつでも寄りたい場所

幼稚園の先生も、餃子屋さんも、どっちもサービス業っていうところでは共通してますよね。

そう、私にはデスクワークは無理だってわかってて、お母さんの店で仕事してた時、請求書とか納品書とか見て作業をしてたら病気になりそうになりました。
頭痛がして、3ヶ月間整骨院通ってたんです。
もう治ったんですけど、白髪も出てきたり。

そんなに・・(笑)
人と関わる仕事のほうが、ミキさんには向いてるんでしょうね。


子どもは、変わらず、大好きなんですよ。
今は、幼稚園の先生をやめて餃子屋さんをやってますけど、将来、落ち着いたタイミングで、子どもに関わることはまたやりたいって思ってます。

そうか、今の仕事は、地域のお母さんと接することも多いし、子どもに関わる機会も多そうですね。

(入ってくるお客さん)
今、大丈夫だった?

今日、定休日なんですよ。それで入口を閉めちゃってたんです。

あ、そうかそうか。

でも、冷凍の餃子でしたら大丈夫です。

じゃ、いつものやつを買っていくよ。

今日はお仕事遅めなんですか?

そう、今日はたまたま、今の時間に店の前を通りかかってね。

いつもありがとうございます。

(足早に出ていくお客さん)

開店して1年で、こういう関係が既にできてるってすごいね。

馴染みやすい土地柄なんでしょうね。
オープンした時から、毎月月末に必ず買いに来てくれるお客さんがいるんですよ。
それをずっと続けてくれるってすごいことだなと思って。
「心配すんなよ」っていつも声をかけてくれながら、ついでに、最近の戸越事情とかを話してくれて。


この、カウンター越しに話している感じが、なんかバーみたいで安心感あるんですよ。
通りからミキさんが見えると、話しをしに、ちょっと立ち寄れるような雰囲気の。

そうですね、ちょっとお話しをしに寄って来てくれる方いますね。
「ちょっと休ませてー」っておじいちゃんが来て、椅子に座っていったりとか。
長い商店街歩いてると、買物行くだけで足腰が痛くなっちゃうみたいで。
「ああ、便利だね、このベンチは」って。

いいなあ。

そういうお客さんを、なんか最近見かけないなって思うと心配になりますしね。
高齢者が多いので。

(ブラインドをくぐり、入ってくるお客さん)
やってる?

あ、すいません、今日は定休日なんですけど、冷凍の餃子でよければ、

じゃあ、20個入りのを一つ。


はい、ありがとうございました。

この、ブラインドが半分閉まった、いかにも「準備中」ですよっていう状態なのに、むっちゃくちゃ人が入ってきますね。

ホントですね。
謎ですよね。

いや、みんな、それほどに買いたいんですよ。
「お休みっぽいけども、あわよくば買わせてほしい!」っていう。

火曜と水曜も、買いたい人がいるんだったら、お休みしないほうがいいのかなあ。

年中無休?
一人で!?

それはやっぱり無理ですね(笑)。
自分が出来る範囲で頑張ります。

ぶははは!
ちゃんと休みながら、無理せず続けてください。
お話し聞かせてもらって、ありがとうございました。
また、餃子を買いに寄りますね。
(2018年11月 戸越銀座「餃子の宝永」にて)

清水宣晶からの紹介】
ミキさんに知り合ったのは、以前、ひたすら餃子だけを食べるという「餃子の会」で会ったのがきっかけだ。
彼女はただ餃子を食べに来た参加者というわけではなく、自分の餃子屋を戸越で開いているという。
そのことに興味を持って、どういういきさつで餃子屋をやることになったのか、お話しを聞かせてもらいに行った。

ミキさんと、お店の中で話しをしていて、その途中、入口が閉まっているにもかかわらず、たくさんの人が「やってるかな?」と中に入ってきたことに、僕は驚いた。
そして、お客さんとミキさんの、もう長年お互いを知っているような、親しみのあるやりとりにも驚いた。

音更餃子は、通販で買うことも出来るけれども、それでも、直接お店で買いたいと、足を運ぶ人がたくさんいるという。
ミキさんが戸越を「第二の故郷」と呼ぶように、地元の人たちもまた、彼女の餃子屋を故郷のように感じているのだと思う。

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