西野沙織

1977年7月8日生 へび年かに座
静岡県出身、神奈川県在住
武蔵野美術大学卒
広告会社勤務ののち
フリーのイラストレーター。

HP http://www.tartam.net/

お話しの中に入る

(清水宣晶:) 西野さんが絵を描いている時って、
きっと、子供心になってるでしょう?

(西野沙織:) どうでしょうか。
ただ、なんというか・・この、お話しの中に入ってますね。
この人たちがどんなことをしゃべってるかとか、
今何時頃で、どんな場所なのか、っていうことを想像しながら描いてます。



この絵は、登場してるキャラクターの気持ちになって
描いてるんだってのが伝わってくるなあ。

最近気づいたことがあって。
この前、友達の子供がウチに遊びに来たんですけど、
その時、子供向けの歌のCDをかけた時、
自分が思ってた以上に私はそういう世界が好きなんだな、って
思わされました。

NHKの「みんなのうた」で流れるような歌?

そう、「およげ!たいやきくん」とかそういう歌を
子供と一緒に大声で歌ってる時に、
自分は今、満たされてるなって、すごい幸せを感じたんです。

歌は古いけど・・(笑)

(笑)そう、若干古いんだけど、一番好きな部屋に久しぶりに入ったような・・・
「だんご三兄弟」なんかは本当に良くて、
歌いながら、泣きそうになりますよ。

なんと!?
歌詞をじっくり聴いたことなかったなあ。

色々ね、だんごの兄弟がケンカしたり仲直りしたりするんだけど、
その後に食べられることを知っていて。
「今度生まれてくる時も 願いはそろって 同じ串
 出来れば今度はこしあんの たくさんついた あんだんご」って。

ああ、なんか、かなり切ない・・

で、ラストのほうでは
「春になったら 花見、花見
 秋になったら 月見 、月見
 一年通して だんご だんご」
って、子供たちのバックコーラスも加わって大合唱になるんです。
花鳥風月のなんてことない当たり前のような歌詞を
堂々と大合唱している世界に
なぜか感動させられて切なくなります。

わかるわあ。
すごく、日本的な情緒だと思うんだけど、
桜の花はずっと変わらずに毎年同じように咲くのに、
それを眺める人たちの顔ぶれは、毎年ちょっとずつ入れ替わっていくっていう。

そう、そういうことなんでしょうね。
普遍的なことが延々と繰り返されるっていう状況が、結構好きなんですよ。
なんか、大きな出来事があるわけじゃないんだけど、
季節は移り変わって、それでも「だんご だんご」っていう。
そういうものをいとしいと感じるところがあるような気がします。
それが、裏がないピュアなままの声で歌われているところにぐっとくるんでしょうね。
今まで深く考えたことはなかったけど、言葉にするとそういうことかな。

西野さんの描く絵本も、そういう雰囲気は伝わってくるね。

ただ、絵本だと、何も起こらずに平和に終わるっていうのは、あまりウケはよくないんです。
子供は何かストーリーを求めているから、何かの事件が起こって、それを乗り越えるようなものがいいみたいです。

やっぱり、絵を描いている時っていうのは楽しい?

うん。
好きな音楽をかけながら、絵を描いているとき、
最高に幸せだなーって思いますね。

絵を描く時の、どの過程が一番楽しいと思います?

色を塗り重ねていって、ちょっといいかんじになってきたかな?と思えたとき楽しいです。

なるほど、なるほど。

あと色をつけるのも、性格を考えるのと同じことで。
ピンクのズボンにするとか、どういう柄の服を着せるかってことで、キャラクターの性格って変わってくると思うんですよ。そのキャラクターたちの性格とか、個人的背景を考えているのと同じことなので、そういう意味でも楽しいですね。

子供の感覚

西野さんが子供が好きなのって、
どういうところが好きなんだろう。

子供って、丸っこかったり、頭が大きかったり、
造形的にもきゅんとくるんですけど、
やっぱり内面が好きなんだと思います。
人目を気にせず自由で正直なところとか。
純粋にそういうのは、5歳くらいまでとは思うんですけど。
あと、おじいさんおばあさんも好きです。

自分自身が子供になりたいって思うことはありますか?

5歳になって、永遠に5歳っていうのはイヤですね。
何かちょっとでも前進していないとツラいです。

んー、、難しいなあ。

見た目は5歳だとしても、
考え方だけでも成長してれば、まだいいんですけど。

コナンみたいに。

(笑)そうなっちゃいますね。
でもそうすると、色々と不具合が生じるじゃないですか。
「これじゃ、大人の遊びも出来ないし」って。

(笑)たしかに、子供のままじゃ、色々面倒かな・・。

やっぱり、今の年齢と、今の外見で、
気持ちだけは子供時代の感覚を持ちつつ、っていうのがいいです。
大人の視点から客観的に
「子供だったらこう思うだろうな」っていうんじゃなくて、
本当に子供になって見られればいいですね。

アーティストの人って、
大人になった後に、いかに純粋に童心に返れるかってことに
苦心してるものなのかな。

私は、アーティストではないので、
それだけじゃダメとは思っているんですけど。

僕は、こういう、西野さんみたいな絵は、
どうしたって描けない気がする。
それは技術うんぬんの問題じゃなくて、気持ちの面で。
キレイな絵は、技術があれば描けるかも知れないけど、
西野さんの絵は、それだけじゃないでしょう?

私は、普通のキレイな絵っていうのを描けないです。
たとえばキレイな海を描くにしても、そこにイカやカメが出てきて溺れてるとかじゃないと。

何かしらの人格が必要なのかな。

そう、もし海だけを描くんだったら、意思を持った海とか。
海の中のあぶく一つ一つが子供だとか、
そういう感情の動きがないとキツいですね。
森を描くにしても、つい、木の陰から何か動物を出したり、木に顔を描いたりとか。

アニミズムだなあ。
やっぱりそれは、子供が持ってる感覚なんだと思うな。
子供の時って、森が怖いと思ったり、
木とか物にも気持ちがあるって本当に感じるでしょう。

小学5年生のことで、覚えてることがあるんですけど、
5年生の3学期が終わって、教室が変わる、っていう最後の日、
放課後誰もいなくなった教室で、一人で床に大の字でうつぶせになって、教室に「1年間ありがとう」って話してました。

それはすごい!!

でもちょっと、わざわざそんなことするのはやっぱりおかしいよな、
とは思ってたんで、周りに誰もいないのを確認して、
一人だけの時にささっとやりました。

素敵だなあ。
そういう感覚をそのまま持って描いているからだと思うんだけれど、西野さんの絵には、魂が込められている感じがします。
(2009年8月 自由が丘にて)


清水宣晶からの紹介】
西野さんは、ほんわりと柔らかい人柄がそのまま表れたような、とても温かい、いい絵を描く。彼女は、歌でも物でも、古いものが好きなことが多いというけれど、古ければ何でもいいというわけではなく、自分自身のフィルターで本当にいいと思うものを選んでいった結果、自然と古いものが多く残っていっているんだろうと思う。

以前、西野さんに会った時、来る途中に道端で拾ったという、タイサンボクの木のつぼみを見せてもらったことがあった。パッと見にはよくわからないのだけれど、細かいところをよく見ると、とてもきれいで美しい形をしていて、そういうものを見つけてくるセンスに驚いた。

西野さんは、映画や芝居を観る時、隅々まで味わい尽くすような観かたをしていて、感想を聞くと、それがものすごく面白い。彼女ぐらい、優れた感受性があって、それを表現する力があれば、日々出会う世の中の色々なことは、どんなに面白くなるだろうかと、うらやましく思ってしまう。毎日の生活を大事にして、その中に喜びを見出す西野さんは、この先もきっと美しい歳の重ね方をするにちがいないと思う。

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