藤沢烈


(社)RCF復興支援チーム代表
一橋大学卒業後、バー経営、マッキンゼーを経て独立。「100年続く事業を創る」をテーマに講演・コンサルティング活動に従事。
創業前の若者に1億円投資するスキームを企画運営し、話題を呼ぶ。「雇われ経営参謀」として500人以上の経営・企業相談を受けてきた。
2011年3月11日の東日本大震災を機に、コンサルティングは休止。震災復興を支援する(社)RCF復興支援チームを設立。復興庁政策調査官も務める。

■ブログ
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■(社)RCF復興支援チーム
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■「ヒトゴト」第一回公開インタビュー「一日3冊の読書法」(2009年4月)
http://hitogoto.com/public01/

本を毎日読むようになったきっかけ

(清水宣晶:) 去年から、烈が書評ブログを毎日更新するようになったのって、何がきっかけだった?

(藤沢烈:) 一番最初のきっかけは、ピーター・センゲの「出現する未来」という本を読んだこと。ちょうどその時の自分の問題意識と重なっていたんだよね。

哲学と経営をリンクさせるようなテーマにひっかかったのかな?

そう。その事を木戸さん(木戸寛孝)に話して紹介したら、話を聞いた後に彼もすぐに本を読んでくれて。通じるところがあったようで、関連する本をリストアップして、翌日すぐに送ってくれた。

すごい早さだなあ!

そう。それを見て、すごい!と感動して、そこに書かれた本を全部、amazonで注文したんだよね。

それが、本を読み続けるきっかけになったんだ?

そういう流れだったね。そして何冊か読んだ時に、これだ!と思う本がいくつもあった。

それ以前とその後では、自分の仕事の考え方って変わった?

それはもう、まったく変わったよね。

どういう風に変わったの?

僕の元々のビジョンは、どれだけ事業をサポートし、創れるかにあった。事業を創るための方程式をずっと考えてて、ある程度出来上がっていたんだよね。

それが前までのやり方で、今はどうなった?

その方程式を一度捨てようと思ったんだよね。仕事は縁がある範囲にとどめることにした。

本を読む時のテーマ

本を読む時のテーマって、何か設定してる?

最初は、経営とリーダーシップについて考えながら読み進めていた。神話の話も、あくまで経営にリンクさせようと考えていたんだよね。

最初はやっぱり、ビジネスにつなげていくことを考えてたんだ?

そう。だけど、ケン・ウィルバーの「無境界」という本があって、それを読んでぶっとんでしまった。

それはどんな話しなの?

全てはつながっていて、境界そのものは自分自身が全て創るという、禅の要素が強い本だった。もう一つ大きかったのは、去年の12月の終わりに読んだ、内村鑑三の「後世への最大遺物」という本。

ほうほう。
それには、どういう影響を受けたの?

後世に遺すものとして本質的なのは何か?を考えさせる本なんだけど、金銭よりも事業を遺すことがいいよね、というところから始まっていて。僕は、事業を遺すことが重要だと思ってたんだけど、彼が言うには、事業よりも思想を遺すほうが世の中に影響があると。

なるほど、なるほど。

で、更に言うには、思想よりも生き様の方が重要だ、って言うんだよね。その時に雷に打たれたようになって。さっきの「無境界」のコンセプトと「生き様」がつながって、そうした領域を生きたいと思うようになったんだね。

そうか。
事業よりも上の次元のものが見えてきたんだな。

事業はタイミングであって、楽天にしろ、サイバーエージェントにしろ、あのタイミングで参入したことが一番重要だった。1年早くても1年遅くても、成功はなかったと思うんだよ。

それは、確かにそうだなあ。
経営者の力ってのもあるけれど、それは必要条件であって十分条件じゃないね。

そう。逆に言えば、その人がやらなければ、他の誰かが代わりにやるってことなんだよね。事業にコミットしたとしても、そもそも大きな流れが元々あって、そこは変えられない。

歴史の大勢っていうものが、一個人や一企業の意思とは別にあると。

そう。その中で事業を変えようとするのは、大きな川に石を投げるようなものだから。
自分が流れを変えることを意識しないと、って思ったんだね。

そうか。
枝葉の部分じゃなくて、根本のところを変えようって思ったってことか。

そうだね。その、根本って何だよ?ってことになったから、そこらへんから、これはもうちょい考えなきゃって思って読み進めていて。
で、最近またすごく影響を受けたのが、これは是非、あっきーにも読んでほしいんだけど、井筒俊彦という人の「意識と本質」っていう本でね。

ものすごい短期間に、衝撃的な本との出会いが起こりまくってるなあ!

毎月のように、起こってる。

その本はどういうことを言っているの?

北宋時代の朱子学者は、たとえば「竹」の本質は何か、ということを一日中考えてたらしくて。
自分の中には「竹」の概念は一応あるんだけど、もう一度考え直すんだね。どこからどこまでが「竹」なのか。「竹」は何で成り立っているのか、を一日中考えている。今日は「竹」のことだけを考えて、明日は「たんぽぽ」とかっていう風に。

ほぉー、ふむふむ。

その先が面白いんだけど、「日々本質を見続けると、ある瞬間、突然パっと真理が見える時がある」らしい。
で、それは今まさに、本を読んでいることってのはそれと同じことなんだな、って思ったんだね。

なるほど。
本質を考えながら読み進めるうちに、ひらめくことがあるだろうってことか。

そう。それと、目的や仮説を持たない経営ということを木戸さんと話していたことと、ちょうど、リンクして。
仮説を持たないというのは、何もしないということじゃない。日々きちんと生きるし、きちんと考える。でも、その中から無意識的に浮かびあがってくることがある気がするんだね。

今やってることっていうのは、じゃあ、具体的な目的に向かっているというよりは、やっているうちに次のことが見えてくるっていうイメージでやってるのかな?

そうだね。この一年ぐらいは、はっきりとした目的を定めずに、時間をかけて考えてもいいかなあって思ってる。

本を読むことへの意識

ちょっと抽象的な質問なんだけど、
本を読む時って、どういう意識で読んでる?

本ってのは、書いてる人たちもさ、無意識的に書いてるところがあると思うんだよ。

あ、そう!

井上ひさしが言ってたことだけど、小説を書く時に意図して書いていることは少なくて、無我夢中でこんなものを書いちゃった、っていう時がすごい面白いんだって。

うんうん。

そういう事を言ってる人は他の作家にもいて、無意識が自分に書かせているんだと。
話し言葉以上に、書き言葉にはそんな性質がある。一人と向き合うからね。
それはね、自分でものを書いている時にも感じる。

うん、そういうこと、あるね。

本を読む時っていうのは、書かれていることを表面的に理解するっていうことだけじゃなくて、彼らの無意識とも対話していると思うし、それを自分の無意識につなげてるところもあるってことだね。
半分は意識的に読むけど、もう半分は自分の無意識が拾うものを楽しみにしてるんだよね。

ああー、なるほど。
その、無意識の半分が何を見出すか、ってのは自分でもわからないことだね。

そう、たとえばさ、本の中でも「この部分には付箋を貼って、ここには張らない」っていうのは、完全に無意識の中の作業なんだよね。

その感じは、よくわかるな。
オレも、読んでいる時は気づかないけど、読み終わった後に書評を書こうとしたときに突然何かをパッて思いつくことあるもんなあ。

あるよね。
今はそれがすごく面白いし、そこから色々と繋がってくる気がしてるんだよね。

なるほどなー。

あと、予感があるんだけど、
文章を書くためには、読まなくちゃダメだと思うんだね。

読んだ分量に比例して、書きたいことが出てくるってことだよね?

そう、ブログの書評は1000冊やろうと思ってるんだけど、そこまでいけばたぶん本は何冊か書ける。

そうだね。

本を読み続けて、たとえ1年仕事しなかったとしても、あり余るリターンがあるだろうと。1年全部を棒にふったとしても、その先いくらでも本を書けるし、物も言えるだろう。

そうか!それは言えてるなー。
一年間仕事だけをしてましたっていう一年よりも、はるかにリターンが大きいよな。

まあ、そういうのは一年でよくて、それ以上は必要ないとは思うんだけど(笑)
一年はそういう時期があってもいいかな、と思って。

それは、やばいなー。
オレも完全に仕事を休んで本を読みふけりたくなってきたよ。

要はそれさ、自分のストックになると思うんだよね。

オレも今日を機会に、本の読み方が変わる気がするな。
本当にいい話しが聞けたよ、今日は。

(※この話しの続きは、公開インタビューで聞いています。)
(2008年3月 虎ノ門「マクドナルド」にて)


清水宣晶からの紹介】
烈の存在を特徴付けているのは、私心の無さということだと思う。
社会起業や企業経営に関するプロフェッショナルとして、自身の影響力がどれだけ大きくなっても、それに奢るということがなく、公共心を忘れずに、常にコツコツと努力を続けている。

そして、東北の震災以降は、みずからのリソースのほとんどを震災復興の活動に注ぎ、分刻みのスケジュールの中で、獅子奮迅の働きをしている。
そういう彼であるからこそ、年長年少を問わず幅広い年代の人々に慕われ、アドバイスを乞われるだけの求心力を持ち続けることが出来るのだと思う。

僕と同年代であることもあって、烈が今、何をやっているかということは、常に自分の手本になっているし、彼と話しをする時には、自然と背筋が伸びるような気持ちになる。
これほど刺激になる畏友を持てたことに、感謝している。

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