藤沢烈


(社)RCF復興支援チーム代表
一橋大学卒業後、バー経営、マッキンゼーを経て独立。「100年続く事業を創る」をテーマに講演・コンサルティング活動に従事。
創業前の若者に1億円投資するスキームを企画運営し、話題を呼ぶ。「雇われ経営参謀」として500人以上の経営・企業相談を受けてきた。
2011年3月11日の東日本大震災を機に、コンサルティングは休止。震災復興を支援する(社)RCF復興支援チームを設立。復興庁政策調査官も務める。

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■(社)RCF復興支援チーム
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■「ヒトゴト」第一回公開インタビュー「一日3冊の読書法」(2009年4月)
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今につながる経験

(清水宣晶:) あれ・・?
このスタバ、すごくすいてて、
居心地いいなあ。

(藤沢烈:) そう、意外と穴場なんだよね。

前回、サシで話したのは、
震災の直前に、アジアのどこかの国から
烈が帰ってきたばっかりの時だったから、
結構前になるね。

ああ、、
震災編の前の、海外編の時かな。


(笑)そう!
「レツ記」の章立てでいうと、
海外編の最終章くらいだったよ。
今日は、その後の話しを聞かせてもらおうと思って。

ぜひ。
よろしくお願いします。

生活サイクルって、前と変わった?

いや、朝は5時くらいに起きて走ってるし、
基本的なスタイルは変わってない。

相変わらず、おそろしいぐらいに
自分のペースを崩さない人だなあ。

崩されたくない性格だからね(笑)。


今までの経験を振り返ると、
ジョブズが言ってたような、点だったものが、
後からつながって線になってるような感じあるんじゃない?

そうだね。
やってきたことが今につながってるのは、
すごく感じる。

ひたすら本読んだり、旅してた時期の経験も、
つながってる?

それもつながってるけど、
読書とか旅は、割とここ3~4年の話しだから。
どっちかっていうと、その前の、
社会起業支援やベンチャー支援の経験とか、
サロンをやってたことのほうが、今につながってるかな。

狐の木」(※1998~2001年、北区王子にあったバー)
の経験も、今に活きてるんだ?

町の復興をするっていう時に、やっぱり、
「場所」っていうのは、すごく重要で。

うんうん。

特に今回は、津波で建物が流されちゃったからね。
被災者が集まる場所がないと、なにかを決めることが出来ない。

地元の人たちが実際に顔を合わせる場が、
必要なんだな。

そういう、物理的な場があると、
だんだんとコミュニティが生まれていく。

それは、時間を決めて、
目的を持って集まる会合だけじゃなくて、
なんとなくフラッと人が立ち寄ることも
出来る場所ってことだよね?

そう、偶発性がある場がないとダメなんだよね。
場っていっても、なんでもいいわけじゃなくて、
人が集まりやすいとか、話しやすいとか、
フラットになれるとか、そういうデザインがすごく重要。

場の、ハード面とソフト面と、
両方考えないとなんだな。

誰がやるかっていうのも、すごく大きい。
店をやってた経験で感じるんだけど、店長って重要で。
この店長がいるから来る、っていうお客さんが、
半分くらいはいるんだよね。

それはあるよなあ。

もちろん店長だけでもダメで、
立地の問題もあるし、どういう設備があるかってことも重要で。
そう考えると、お店って総合芸術でもあるんだよね。
復興のまちづくりも、それに近いところがある。

たしかに。
かなり似てる感じするね。


ETICと一緒に社会起業の支援をやっていた時は、
民間のお金を使っての事業づくりを考えていた。
ゆくゆくは地域にお金も人も足りなくなっていく中で、
復興をすすめるにも、そういう社会起業のノウハウは必要だね。
自治体との関係を考える時、
僕らの世代っていうのは、
対立型じゃなくて、連携型だと思っていて。

それは、震災以前から、
連携型だったっていうこと?

高度経済成長期は、役所に力があって、
どんどんリードしてまちづくりをしてた。
その頃の市民活動は、行政の行き過ぎを止める役割だったんだね。
でも、最近は役所はお金がないし、人もいないしで、
民間と連携しないと仕事ができなくなってきた。
僕らがやってきた、社会起業とか事業型NPOでは、
行政と連携はするけど、行政におんぶに抱っこにはならない。
その辺て、僕らの年代で意識が変わってきてる気がするんだよね。
この10年取り組んできたことが、融合してる感じがする。

ほんと、これまで烈がやってきたことは、
今のためにあったんじゃないかと思うぐらい、
リンクしてるなあ。

僕も、なんでもわりと前向きに解釈するほうだからね。
それを言ったら、誰でもそうなんだろうけど、
結果的には全部つながってるし、無駄なことはないよね。

震災復興の現状

で、、
今日、烈に教えてもらおうと思ってるのは、
震災復興の現状のことなんだよ。

その話をぜひしたくて。
手伝っていただきたいんですね。

おお!
それは、もちろん。


復興ということでいうと、
まず、エリアがものすごく広くて、
岩手、宮城、福島の沿岸部だけでも、500kmある。
質的にも、いろんな問題があって、
町をもう一回作るっていうこと以外にも、
原発避難とか、心の問題とか、教育の問題とか、
どの切り口でいっても、いくらでも仕事はあるし、
手伝ってほしい人がいっぱいいる状況なんです。

うんうん。

でも、僕が思ってるのは、
復興を分散的にやっても、
局地戦になっちゃうっていうことなんだね。

場当たり的に、ここが困ってるから対応する、
っていうことを続けてると、消耗戦になっちゃう、と。

そう、
全体の中で、どこに力をかけるべきかを、
もっと共有していく必要があると思ってる。
復興を統合的に見てる人が足りてないと思うんですね。
メディアで問題だって言われたことに、バッて飛びついたり。
それはもちろん、問題じゃないわけじゃないんだけど、
全体で見た時に、「今、そこなのか?」と。

たしかに、その時その時でテレビが問題として扱ってることを、
やりたくなっちゃうよね。

やりたくなる。
しかも、みんながそればっかりになっちゃうし、
エリア的にも、一部に偏っていく。
それを否定したいわけじゃなくて、
大事なことなんだけど、あまりにもバランスが悪すぎる、と。
その現状を、少なくとも僕らは理解をして、
「こっちじゃないの」と発信しなきゃいけないと思うんだよね。

一番行動力もあって、頑張るべきなのって、
僕らの年代だと思っていて。
20代よりは、ある程度の余裕と専門性がありつつ、
40代や50代に比べれば、比較的フットワークも軽いはずで、
この年代の責任というか、果たすべき役割は、
ものすごく大きいと思ってる。

そうだね。


復興の話しにしても、僕らはもう少し学んで、
これが一体どういうことで、何をすべきかっていうことを考えて、
有機的に連携しなくちゃいけないんだけど、
今、あまりにもバラバラに動いている、
っていうのが、課題としてある。

自分なりに、今の状況っていうのを整理して、
何が起きてるかを伝えながらも、
一番のポイントをおさえていこうっていう
スタンスでやっていて。

たとえば、原発の再稼働の問題は、
もちろん大事なことではあるんだけど、
そこにグーッと大勢の行動を寄せられちゃうっていうのは、
あまりバランスが良くないと思ってる。

たしかに、今そこに、
人数や関心が集中しちゃってるのは、
もったいないって思うよ。

今の原発の状況って、政府を攻撃したり、
反対すればいいっていう問題じゃなくて。
もっとエネルギーというものをロングスパンで見て、
勉強をして、どうデザインするかっていうことを、
真剣に考えなくちゃいけない。

今の時点では、再稼働をどうするかっていう問題よりも、
福島で、また大きな地震が起こる可能性のほうが
よっぽど大きな問題で。
あれを支えてあげなければいけないし、
今避難されている15万人のケアをまっさきにしないといけないと、
僕は思ってる。

福島だけじゃなく、宮城、岩手にしても、
住民の皆さんと行政との繋がりづくりに課題がある。
このままじゃまずいんだよね。

復興庁が出来た後、
トップダウン型の指示系統っていうのは、
機能しているの?

これはね、
福島に関しては、また別に考えないといけないんだけど、
宮城と岩手は、国からのトップダウンにしちゃダメなんだよ。

あ、そう!
それは、どういう理由で?

今、被災地で何をやってるかっていうと、
たとえば、20~30世帯ぐらいの集落が津波に流された町では、
集落を同じ場所に残すのか、高台移転するのかっていうことが
論点になってるんだけど、それは、国とか市町村では決められなくて、
現地の集落の人が、自分たちで議論をしなくちゃいけない。

で、その結論はどういう形になってもいいと思うんだけど、
意見がバラバラじゃダメで、
コミュニティーで一致団結しないとダメなんだよね。
それを、この集落の人はこっちに移転してください、
っていうことを国が強制することは出来ないし、民主主義に反する。

国がやるべきことは、
それを議論するための専門家が必要だったら派遣するとか、
情報が必要だったら提供する、っていうことで。
でも実際には、そこらへんが必ずしも上手くいってないから、
側面支援が必要なんだね。
だから、地域の復興は、トップダウン型じゃなくて、
あくまでもボトムアップ型で進めるっていうのが大前提。

そうやって、現地の人たちで話し合いをしてたら、
時間がかかり過ぎたりはしないのかな?

そこが大事なポイントで、
僕も今回、勉強をしてわかったんだけど、
時間をかけるべき、なんだよね。

みんな、「急がなきゃいけない」って言うけど、
避難をして仮設住宅に住んでいる人たちは、
今すぐに生きる死ぬっていう状態じゃない。
何が一番問題になるかっていうと、
元のコミュニティーが戻らないことのほうで。
住む家が出来たとしても、その周りに、
誰も知り合いが住んでなかったら、生きていく意味が減ってしまうから。

そうだよね。


この町をこの仲間たちで元に戻そう、
っていうコンセンサスを先に得ないと、
若い人がどんどん外に出ていっちゃうんだよね。
機械的に「あなたはここに住みなさい」とか言われても、
僕らでいえば、国連の人が来て、中国のこの土地に住みなさい、
とかっていきなり言われるようなもんなんだよ。

そうか。
生まれた時からずっとその土地に住んでた人にしたら、
ちょっと場所が変わっただけでも、外国と一緒だよね。

そういう感覚だから、
一年ぐらいじっくり時間をかけてやっても、
問題ないんです。

それよりも、
仮設住宅を出た後の生活が、
ちゃんと見えてるほうがいい、と。

そう。
だから、ボトムアップのやり方が必要なのはわかってるんだけど、
今、市町村の力が弱まっちゃってるんだね。
これは、二つ理由があるんだけれど、
そもそも、震災で市町村が大きなダメージを受けたのが一つ。
もう一つは、震災以前に、市町村合併で、
そうとう職員が削られちゃってることもある。
行政が町のことを把握しきれてないから、
町の人たちに、これから考えてもらうべきことを伝えられてない。

市町村にかかわって活動をする

ボトムアップの流れを機能させるためには、
どこから手をつけていけばいいの?

先に、ざっくりとした結論を言ってしまうと、
僕らの年代の、熱意のある人間が、
市町村にもっと関わるべきだと思うんですね。

もちろん、NPOを通じて支援活動をしてる人はたくさんいるんだけど、
その中だけで活動が閉じちゃってることが多いから、
それよりも、現地の市町村に入って活動をしたほうがいい。

任期付き職員っていうのがあって、
今、国がその費用を出してくれているから、
市町村側が受け入れOKだったら、民間でも入れるんです。
もちろん公募はかけるわけで、その採用プロセスはあるけれど。
外から何か言うのではなくて、中から行動する人を、
もっと増やすべきだと思ってる。

住民票は、
その市町村に移さなくてもいいの?

それは、必要ない。
被災市町村の任期付き職員が、
それぞれ東京にも駐在してもらうことがあってもいいと思う。

なるほど。
東京にいながら出来ることっていうのも、
たくさんある?

東京で何をやるかっていうと、
企業誘致とか、専門家を集めてきたりとか、国との折衝とか。
都内に事務所を借りて、いくつかの被災地職員が集まって、
その場で、情報共有をばんばんやる、と。

コワーキングスペースみたいだね。
同じ場所に集まることで、自然と、
お互いの連携がしやすくなるのは、すごくいいと思う。
職員になることで、自由に行動出来なくなったり、
副業禁止だったりっていうことは無いの?

契約形態次第で、問題ない。
守秘義務は、もちろんあるけれどね。

あんまり多くの給料は出ないけれど、
復興に関わる人は、ボランティアベースでやってる人も多いわけで、
そういう人たちに、市町村の中の仕事にも関わってもらえばいいと思う。

そういう制度があるなんて、全然知らなかった。
どこの市町村でも、募集ってしてるの?


南三陸町はいま募集中だし、
他の市町村も、募集を始めつつある。

職員になった場合、具体的に、
どういう活動をすることになるんだろう?

今、阪神や中越震災のケースから、
復興の10年間でどういう事業が必要になるかを分析してるんだけど、
一番必要なのは、住宅なんだよね。
今回も、家が流されてる人が多いから、大問題。
その住宅も、ただ作ればいいんじゃなくて、
家の周りに病院が必要になるとか、学校を作らないといけないとか、
まち全体をプランニングする人が、足りていない。

都市のデザインが必要なんだね。

専門家はいるわけで、皆さんと連絡をとって考えてもらう、と。
市の職員として、その人自身が考える必要はないんだけど、
問題を認識して、マネジメントをする役割の人が必要。

今起こっているのは、
「うーん、誰に頼めばいいんだろう?」って悩んだ挙句に、
自分でやりすぎて、粗いプランを考えてしまって、
失敗する、っていうパターンだと思う。

そこは、ちゃんと、
いいプランを作れる人を探すべきなんだな。

そう、大事なのは、まず、
自分たちだけでやりすぎないこと。
専門家は多くいるわけだし、予算もあるんだから、
ちゃんと呼んで、分析してもらって、
やってもらえばいいわけで。
最終的に決定するのは市長だけど、
その、たたき台を作る人がいることが重要なんだよね。

次に、コミュニティの再建っていう課題がある。
その中には、公園を作ることも、病院を作ることもある。
それも全部、制度はあるんだけど、進める人が足りない。

そうか。
よくわからないまま飛び込んで、
ボランティアをしようとするぐらいだったら、
職員のような立場になったほうが、出来ることたくさんあるんだね。

そうすることで、一つ大きなレイヤーから見て、
本当に優先度が高いことから手をつけることができる。

仮設住宅っていうのは、再来年には無くなるんだよね。
その後の住宅再建をどうするかを真剣に考えておかないと、
支援づけになって、そのまま、
ずっと働けない人ばっかりになってしまう可能性がある。
どこに住むかを決めることと、コミュニティ作りを
セットでやらなきゃいけないんだけど、
それが今、出来てないって思う。

予算の確保の問題

そういう、人の問題が一つと、
もう一つ、大きい問題はお金だね。
復興予算は20兆円もあるけれども、
その予算をどう使うか考えていくのは、市の役目なんだよ。
市としてこういう事業をやりたい、って言って、承認される。

国が使い道を決めてるんじゃなくて、
市が決めた使い道に、予算を振り分けてるんだね。

何が問題になってるかを簡単に言うと、
ハード系の、橋を建て直すとか、
住宅作るっていうことぐらいしか、
余裕がなくて考えられてないんですよ。

予算が組めないから、
請求することも出来ない、と。

で、その予算も、請求出来る期限が、
あと4年なんだよね。

でも、何にお金を使うのか、今はまだ決められないところがあるし、
高台移転というのも、時間がかかる。
山とか切り崩すから、来年すぐ出来るわけじゃなくて、
移転するまで5年ぐらいかかるんだよ。
で、移転してはじめて、集会所がほしい、
神社がほしい、となるじゃない。

後で、「あ、そういえば神社は!?」
みたいなことになりそうだよね。


今から予測出来ないんですよ。
何人移転するかわからないし、誰も移転しないかもしれない。
そんなところで、神社がどうとか、組み込めるわけがない。

それは、阪神地震でも中越地震の時も同じ問題はあったんだけど、
復興基金みたいのを作って、バジェットを10年分確保して、
4~5年後になって使い方を決めるっていうやり方がある。

これまでは、運用型だったから毎年同じ金額のお金が入ってきたけど、
今は低金利の時代だから、取り崩し型っていって、
まとめてお金を渡してしまったんだね。
このお金が、5年待たずに早々に使われてしまおうとしている。
5年後10年後のために、お金をとっておこうよ、って市町村に呼びかけているのが、
今の僕の仕事の一つです。

それもまた、考えたことなかったけど、
重要なことだね。

予算そのものはいろいろあるけれど、
市町村側で、それを取りまとめる人が足りない。
だから、もっと民間からも市町村に関わってもらって、
まず、その取りまとめをやってほしいんです。

今、どこの市町村が人が足りていないっていう、
優先度の違いっていうのはあるの?

どの地域も、ハードが終わるのが4~5年かかる。
そこでやっと、復興の全体が見えてきて、
外の専門家とつながったり、予算を確保するために人が
必要になってくるっていう点では、どこも共通してる。

それも、ある程度バランスよく配分しないと、
メディアで取り上げられる町ばっかりに人が集まっちゃって、
知名度が低い町なんかは、状況がひどいんだけど人が来ない、
ってことになっちゃいそうだね。

それも、生まれてしまう課題だね。
基準を作って、どの市町村でも最低限、
ABCランクのBまではいかなきゃいけないとしたら、
まずCのところから人を送ろう、っていうことも、
どっかでやらないといけないだろうね。

今はまだその手前で、
僕の身体的には、一つの市だけで手一杯なんだけど、
みんなが別々の場所に分散しながら、
facebookなんかで情報共有して、
横で連携する、っていうことが出来れば思う。

市町村の中に入って関わっていくっていうのは、
知らない人多いだろうから、そういう制度があるって知ったら、
「そうか!」って思う人たくさんいるんじゃないかな。

総務省でもwebには出してるから、
そういう制度があるっていうことは言えるんだけど、
その方法の広げ方が難しい。
一つの市で事例を作って、こういうやり方がある、
っていう形でPRをしないと伝わりにくいって思ってる。

でも、話し合い自体には時間をかけたとしても、
人を集めるのと、制度を作るのは、急がないといけないよね。

それは、本当にそう。
やるべきことはわかっているんだけど、
今話したような情報をどう広めていくかっていうところが悩みで、
周りに伝えきれていないのが、自分としての課題だね。

じゃあオレは、まず、今日聞いた話しを、
周りの人に共有していくところから始めようかな。

ぜひ。
それは、すごく助かる。
一緒にやっていきましょう。
(2012年7月 神宮前六丁目「スターバックス」にて)


清水宣晶からの紹介】
烈の存在を特徴付けているのは、私心の無さということだと思う。
社会起業や企業経営に関するプロフェッショナルとして、自身の影響力がどれだけ大きくなっても、それに奢るということがなく、公共心を忘れずに、常にコツコツと努力を続けている。

そして、東北の震災以降は、みずからのリソースのほとんどを震災復興の活動に注ぎ、分刻みのスケジュールの中で、獅子奮迅の働きをしている。
そういう彼であるからこそ、年長年少を問わず幅広い年代の人々に慕われ、アドバイスを乞われるだけの求心力を持ち続けることが出来るのだと思う。

僕と同年代であることもあって、烈が今、何をやっているかということは、常に自分の手本になっているし、彼と話しをする時には、自然と背筋が伸びるような気持ちになる。
これほど刺激になる畏友を持てたことに、感謝している。

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