佐藤孝治

株式会社ジョブウェブ代表取締役社長
1972年東京都生まれ 早稲田大学社会科学部卒。
就職活動後、大学4年生の96年10月ジョブウェブを創設。
97年7月、アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)に入社。
99年10月、ジョブウェブを法人化。

現在、株式会社ジョブウェブ社長として講演や勉強会などに全国を飛び回っている。学生の就職支援と企業の採用支援を通じて学生と企業の本音コミュニケーションをサポートしている。

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混沌とした場の力

(清水宣晶:) 孝治さんには、やっぱり、
王子時代の話しから聞きたいな。
(※東京都北区王子。この地から数多くのベンチャー企業や起業家が誕生した)
王子の佐藤電機ビルが活動の拠点になったっていうのは、
どういう発端だったの?

(佐藤孝治:) 1996年頃、
ジョブウェブっていうものを作るぞ、
ってなった時にまずアジトが必要だと思って。
佐藤電機っていう会社は、おじいちゃんが創業して、
父親が二代目だったんだけど、
父親に、佐藤電機が持っている部屋を貸してもらって、
インターネットの専用線を引いてほしい、
っていう提案をしたんだね。

うんうん。

インターネットがこれから世界を変えていこうとしている時に、
佐藤電機がその流れに乗り遅れてしまってはマズいと思う、と。
自分が、プロジェクトを作ってインターネットの可能性にトライしてみるから、
その活動を支援するべきだ、みたいな論調でね。
で、ネットの専用線が引かれた部屋で、
みんなそれぞれがパソコンを持ち寄って、
不夜城みたいな感じになって。
そういう始まり方だった。

電話回線でネットにつないでた当時って、
専用線が引かれてるっていう、それだけでワクワクしたよね。
世界と繋がっているっていうような高揚感があって。

そう、なんか、
みんな家に帰んなくなっちゃうんだよ。
インターネットの専用線もあるし、
なんとなく寝袋持ってきて泊まれちゃう、みたいな感じで。
なんだかよくわからない、ハタチ前後の人が集まって、
寝食を共にしている、っていう。

その、居ついちゃう感じはわかるなあ。

その時期には、同時に、王子小劇場とか、
バー「狐の木」を立ち上げるっていうプロジェクトも水面下で動きつつ。
プロジェクトを推進してくれる仲間を見つけて、お願いして、
僕自身はアクセンチュア(当時アンダーセン コンサルティング)に
新入社員として入社した。

(笑)そういう、
色んなことが動いてるタイミングで、
就職しちゃうっていうのは、すごいね。

いろいろなことが動き出したのが、
内定後の1年間だったから、自分は構想と、
推進する仲間集めを担当していたという認識で、
入社まで一生懸命頑張って行こうっていう感じだった。
自分を鍛えたいという気持ちで就職をして。

アクセンチュアに入っちゃったら、
昼間は当然として、
夜もほとんど王子にいないわけでしょう?

想像以上に忙しかったから、
夜も土日もない、みたいな感じだったね。
でも、その間も、ビルの部屋は常に鍵が開いていて、
誰でもウェルカム、みたいな状態だった。
「狐の木」がオープンしてからも、
そのまま、社員寮みたいな感じになって、
文化はそのまま維持されてたんだよね。
バイトの人とか、終電逃したお客さんが泊まりに来たりとかね。

そういう、場の力ってのはでかいと思うな。
何かが始まる時って、
やっぱりまず、人が自然に、
頻繁に出入りするような場所から生まれるものでしょう。

そうそうそう。
これは、佐藤家の伝統みたいなところがあって、
やっぱり、下町の長屋文化っていうのがあるんだよね。

ああ、たしかに、長屋っぽい!

栃木の田舎からおじいちゃんが東京に出てきて、
佐藤電機を起業した時も、
従業員の人たちが同じ釜で飯炊いて、
寝食を共にして、っていうことをやっていたみたいで。

それはまさに、
王子の集まりの原風景だね。

そう、それを自分の代でまた復活させて、
同じことを続けているっていう感じはあったかな。

そう考えると王子っていうのは、
奇跡的なタイミングの産物だなあ。
そういう自由に使える空間がまずあって、
そこに集まってくる人の流れがあって、
それを受け入れてマネージする孝治さんの存在がある、
っていう条件が揃って、はじめて成立するものでしょう。

自分のちょうど20代の半ばっていう時期と重なったこともあるしね。
なんか、そういう場と、インターネットの特性みたいのが
ちょうど上手くクロスした、っていうこともある。

1999年当時、
ビットバレーっていうものが盛り上がってた時、
ジョブウェブっていう会社は、
設立間もないのに、すごく大きな存在感があったね。

ビットバレーを立ち上げた中心人物が、
お友達だったっていうのが、大きいかもしれない。
エティックの宮城くんは学生時代からの友人で、
松山大河くんはアクセンチュアの同期だったことから
仲良くさせてもらったりして、という繋がりがあったから。

そうか!
そこで、アクセンチュアに入ったことが繋がってくるっていうのは、
面白いなあ。

メディアの人たちが、
ビットバレーのことを取材するとかいうと、
まず松山くんのところに問い合わせがあって、
そこから紹介してもらったということが、よくあって。
実際にアクセンチュアで働いていた期間はとても短いので、
元アクセンチュアというカテゴリーに入れていただいているのは
どうなのかなと思うけれど、
卒業後のパーティーなどで沢山の先輩方とご縁を頂いて、
ご指導を頂いたことがすごく大きかった。

うんうん。

当時、独立してインターネット系の会社を
やろうとしてた人が多かったんだけど、
アクセンチュアの同期や先輩から、
起業や独立の相談を受けることが沢山あって。

起業の相談なら孝治さんに、
ってことになってたんだね。

シェイクの森田くん(森田英一)が王子に来て、
「起業しようと思っているんだけど」という相談を受けた時に、
「この辺りの場所空いてるから、やったらいいんじゃない?」って、
オフィスのシェアーを提案して、
そこから、ビービットも、シェイクも、
ジョブウェブもスタートしたんだね。
一応オフィススペースっぽくはなってるんだけど、
ものすごく混沌とした空間だったなあ。

10年経った今、
どの会社もみんな大きくなってるね。

当時からは想像できないくらいに、
それぞれの領域で大きな存在になってる。

そう考えると、
佐藤電機ビルっていうのは、
まさにインキュベーションの空間だったんだなあ。

いろんな人のきっかけになったんだろうね。
なんか、ものすごい濃さで志の高い熱い人間が集まってたから、
「お前何するの?」っていう会話がお互いに日常的に出てて、
「俺は医薬業界をやる」とか、
「俺は教育を変える」とか、
何者でもない、まだこれからだっていう人が、
自由に夢を語るっていう空気はあった。

そういう、環境の力は大きいと思う。
起業をしようと思うきっかけとして、
自分の身の回りに、
実際に起業をした人がいることって、
すごく大きいでしょう。

大きいよね。
僕の混沌とした状況を横で見てた人っていうのは、
みんな「自分も起業出来る」って思っちゃうみたいで。

そう、それはあると思うな!
孝治さんに会わなかったら起業してなかった人は、
たくさんいると思う。

なんだ、
こんな感じで出来るんだ、みたいなね。

面白いと思うのは、
孝治さんといた人たちってのは、
その後、孝治さんと一緒に仕事をするっていう道じゃなくて、
一人一人が、自分で独立して何かを始める
っていう道を進むことが多いよね。

それは、いいんだかどうなんだか、
わからないんだけど、彼らからすると、
僕と対等になりたいっていう気持ちになるらしいんだね。
ジョブウェブでも、
社員と社長という関係じゃなくて、
社長同士で関わりたいんです、
っていうことを言ってくる。

なるほどなあ。
そう思う気持ち、わかるよ。

僕の中で、そういう相談を受けると、
二つの人格が出てきて。
一つは代表取締役社長モードと、
もう一つは佐藤孝治モードなんだよ。

ぶははははは!
自分の中に、
違う立場からの意見が同時に出てくるんだね。

「そんなお前、これからだろう!」って思っている社長の自分と、
「最高だねえ、お前!」って思っている佐藤孝治がいる、と。
そんな感じで葛藤があるんだけど、
最後は、社長としての自分はなくなっちゃうんだよね。

最終的には、
個人と個人の関係で話しをするんだね。

それでいいんじゃないかと今は思っていて。
昔は、そのことで悩んだりもしたんだけど、
長い目で見れば、すべて予定通りって気がしてる。

一人を相手に真剣勝負する

就職活動をしている時期の学生って、
すごく真剣に人生について考えてるだろうし、
言葉への感受性も高いと思うんだけど、
そういう人たちと、
毎年たくさん話しをするっていうのは楽しいでしょう?

そうだね。
今まで歩んできた道と違うゾーンに入る時なわけじゃない?
5教科暗記していればいい、
っていうことじゃないし、正解もなくて。
今までの自分たちのパターンで行きたいと思っているけど、
それじゃ行けない、っていう。

そういう人たちには、
何を伝えるの?

過去にアドバイスした人たちが、
もう社会人7年目とか8年目になってきたので
自分の中にだんだん、
ケースが積み重なってきているんだね。
こういうタイプの人がこういう道を進んだ場合は、
その後こういう風になってるな、
っていうのがストックされてくる。

将来像まで、
具体的な実例付きでイメージ出来るようになってるんだね。

そうすると、
「君と同じこと悩んで、
今商社に入って5年目の人がいるんだけど、会ってみる?」
って言って、その場で電話かけて、
「はい」って渡して、
直接アポ取ってもらったりしてね。
だから、年間3~4人、
烈くんのところに送りこんでるね。
「君、それね、藤沢烈って人のところに
話し聞きに行ったほうがいいよ」とかって。

(笑)虎の穴みたいになってるね。

学生さんの話しを聞いてあげて、
モヤモヤした脳の中を、
「要はこういうことなんじゃない?」
って整理するっていうことをやる。
で、そのために何をやるべきかっていうToDoを書き出して、
そのために、どういう人に会ったらいいよ、とか
この本読んでみたらいいよ、とか言って。

人を紹介して会わせるっていうのは、
すごくいいギフトだと思うな。

そこでもう、これを2週間でやれ、
とか指令を出しちゃう。
たとえば、
「これからは中国だと思っているんですよね」って言ってる学生がいて、
「中国行ったことあるの?」って聞いて、
「いや、行ったことないです」とか答えたら、
「今週末、3万円ぐらいで行けるチケットあるから、今取れ」って言って、
ノートパソコン、はいっ、って渡して。

ぶははははは!
いきなり、その場で買わせちゃうんだ!?

で、「中国に展開してる日本の企業を調べてメールをしろ」と。
「メールの返事が来なかったら、アポなしで直接訪問しに行け」と。
で、「基本、一生懸命話しを聞いて、うなずいてたら、
たぶん泊めてくれるから宿は予約しなくていいよ」ぐらいのことを言って、
アドバイスをすると、
「いやー、マジ泊めてくれましたよ」とか、
後で報告があるんだよね。

いいなあ、それ!
最初の、初動のところで背中をむりやり押すんだね。

そう、そうすると、
後はどんどん勝手に進んでいくから。
とにかく動いたり人と会ったりしてると、
コミュニケーション力も上がってくるし、
要は成長するんだよね。

そういうところは、やっぱりなんか、
孝治さんはメンター的な役割に向いてるんだと思うな。

そもそも、教えるっていうことが好きなんだろうね。
相手に、スイッチが入った時ってわかるでしょ?
そういう、「今、スイッチ入ったな」っていう時がいい。

それが、快感なんだろうね。

で、一人スイッチを入れると、
その先で最低十人にスイッチが入るっていうことを
期待してるわけなんだよ。
一人が変わったら、
その周りの人とか後輩とかにも影響が及んでいくっていう。

ああ、なるほど!

これはもうネズミ算式に広がっていくからね。
十倍の次、また十倍になって、
もう、あっという間に日本の人口ぐらい超えちゃう、と。
まあ、なかなか超えないんだけど。

(笑)理論値では、
あっという間に超えるはずなんだけどね。

自分自身の考えとかバリューとかを世の中に広げていく時、
どうテコを利かすかっていう発想で、やり方は二通りあって。
一つは、インターネットの力を使って、
メルマガとか動画配信で広げるやり方もあるんだけど、
もう一つは、
たった一人の人を相手に真剣勝負をするっていうやり方で。
そういう時の、口伝のパワーっていうのは、
やっぱりすごいものがあると思う。

朝起きた時に想定していなかった夕方を迎える

孝治さんて、
自分の勘とか直感て重視してる?

重視してるね。
たとえば、出張行って、
知らない街に泊まったりする時、
どっか美味しい店ないかな、って探す時、
ガイドブックは見ないで、街をふらふら歩くんだよね。
で、ぐるーっと回って、
店の面構えとか、出てきた人の表情とか見て、
「ここだな」って思った店に入るようにする。
そうやって、ゼロベースで入って、
当たった!ハズれた!
みたいの、好きだね。

ハズれたらハズれたで、
それも面白いしね。

そうそう。
ハズれても、「これかー!」なんつって(笑)。
ここのお店いいんじゃないかな、
っていう感覚ってすごく大事だと思ってて。
たとえば仕事で「一緒にやりましょう」って言われた時に、
やるかやらないかとか、
そういう全てに通じる気がする。

そうだね。
根本は、同じことだろうと思う。

この間も、
ウチの社員たちと多摩センターに営業に行った帰りに、
「なんか食べて帰るか」ってことになって。
多摩センターっていう街はなんか、
人工的な雰囲気がするから、
ここには我々の求める店はないだろう、と。
で、路線図を眺めて、
「んー、なんか、調布だな」と。

(笑)そこから!
そこから直感で決めるんだ?

そういうのでぶらぶら歩いて、
「いいな」と思った店に入って、
後で食べログとかでチェックすると、
だいたい、評判いい店だったっていうことが多い。

旅行に行く時も、
あんまり細かく予定を決めないで、
現地で決める?

わりと偶然を大切にすることが多いね。
たまたまの出会いとかの中で動くんだけど、
じっくり計画した時よりもうまくいく、
っていう感じは、すごく好き。
それがまた、引くんだよね。

引く?

「道間違えちゃったねー」なんて言って、
たまたまその道で出会った人が、
すごく最高だったとか。
「むしろ、これだったね」っていう。

それはさ、
引いてるっていうよりも、
孝治さんが、
自分で出来事に意味を与えていっているからじゃない?

あー、そうかも。
それはあるだろうと思う。

人によっては、同じことが起こっても、
それが悪い出来事っていう思い出として
残ったりすることもあるわけでしょう。

起きてることはすべて正しい、
みたいな感じは非常にあるよね。
たぶん、経営者の人って、
そうじゃないとやってられないところはあると思う。

わかるなあ。
経営者の人にそういう考えの人はすごく多い気がするし、
必須能力だと思うよ。

なんでもありがたくなっちゃうんだよね。
トラブルみたいな出来事が起こっても、
「俺、これを乗り越えたら一冊本が書けるな」とか。

うんうん。

最近は、ちょっと昔よりは減ってきちゃったけど、
僕が若い頃に心がけてたのは、
「朝起きた時に想定していなかった夕方を迎える」っていう。

おおおおーー!

それぐらい突然の行動をすると、いい感じなんだよ。
朝起きてる時は普通なのに、
いきなり身一つで越後湯沢まで電車に乗って行って、
昼にはスキーで滑りまくってる、とか。
想像を超えた跳び方のギャップみたいのは、
人生の醍醐味だね。

それは、ものすごく共感するよ。
僕がもう一つ思ってるのは、
自分で突然思いついて跳ぶっていうのもいいんだけど、
それ以上に、
自分の外からやってきた誘いとか流れに飛び乗った時って、
ワープする幅が更に大きい気がして、
そういう跳び方は好きだな。

最高だね。
そういう意味では、
王子の混沌とした状態っていうのは、
毎日がそれだったんだよね。
朝起きたら、隣に知らない人が寝てて、
「おはようございます」とか。

それは大きいなあ。
孝治さんのその価値観があるからこそ、
王子の文化が形成されたっていう部分は
すごく大きいだろうと思う。

その価値観の元になっていると思われる僕の原体験で、
引越しのバイトっていうのがあって。

おお?

日雇いのバイトなんだけど。
「明日仕事行けます」って電話すると、
「じゃあ、二子玉川駅に8時に集合」とかって指示があって、
行くと、トラックが待っててそれに乗る、と。
そのトラックがどこに行くかって、
その時までわかんないんだよね。

ぶはははははは!
その予測不能さ、最高だなあ。

対象地区は関東甲信越全部なんで、
群馬の地方とか行くと、
「うわー、飛んだなー」とか。
で、引越し先の見知らぬ街を歩いて、
いい店とかポイントがないか探す、っていう。

学生の時のバイトの話しっていうのはなんか、
その後の原点になってることも多いし、
味があって面白いよね。

そういう意味では、
小さい時からバイトみたいなことをやってた経験があって、
親父に時々、タバコ買って来い、
ってお駄賃渡されて買いに行かされるんだけど、
それを見越して、貯めてたお小遣いで、
先にまとめて仕入れておいたんだよね。

(笑)在庫を持ってたんだ!

そうそう。
家の中で自分でタバコ屋さんをやってたわけ。
あと、白い牛乳アイスみたいのも売ってて。
30円で仕入れて、家の冷凍庫に置いておいて、
それを家では50円で売る、っていう。
で、ご飯食べ終わった時間に家族に、
「アイスいかがですかー」とか営業したり。

それは、お父さんが、
一種の経営者教育をしてたんだなあ。
小さい時に、実際に自分の力でお金を稼ぐ経験してるって、
すごくいい。

そういう経験、大事だよね。
(2009年10月 草加健康センターにて)


清水宣晶からの紹介】
孝治さんは、一般的には日本のネットベンチャーを代表する起業家の一人として知られているけれど、経営者であるという以上に、教育者という面がものすごく大きい。
自分の会社を作り上げるというだけにとどまらず、会社を作り上げる人財や、社会に出る学生の志を育てることによって、有形無形の様々な資産を社会に提供してきた人だ。

今回、話しを聞かせてもらうにあたって、温泉に入りながら話しが出来たら最高だねということを冗談交じりに言うと、本当に草加まで連れて行ってくれて、いい湯に浸かりながら、ゆっくりと対話をすることが出来た。
その温泉の素晴らしさを表現する時に孝治さんが言っていた「めくるめく」という形容詞が、僕はものすごく好きで、何種類かの湯やサウナを巡りながら、どこか普段とは違う世界を旅しているような気分になった。

孝治さんは、どっしりと構えているような安定感を見せながらも、日々に起こる出来事の一つ一つに心を躍らせて、「めくるめく」気持ちを感じる柔らかさを持ち続けている。だからこそ、その周りに活気のある場が自然に生まれて、それに触れた人々の心にスイッチが入るのだろうと思う。

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