出口治明


1948年三重県生まれ。京都大学を卒業後、1972年に日本生命保険相互会社に入社。企画部や財務企画部にて経営企画を担当。生命保険協会の初代財務企画専門委員長として、金融制度改革・保険業法の改正に東奔西走する。 ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て、同社を退職。2006年にネットライフ企画株式会社設立、代表取締役就任。2008年にライフネット生命保険株式会社に社名を変更、生命保険業免許を取得。現職。
無類の読書家で旅行好きとしても知られる。

主な著書
「生命保険はだれのものか」(ダイヤモンド社、2008年)
「直球勝負の会社」(ダイヤモンド社、2009年)
「生命保険入門 新版」(岩波書店、2009年)
「『思考軸』をつくれ」(英治出版、2010年)
「常識破りの思考法」(日本能率協会マネジメントセンター、2010年)
「百年たっても後悔しない仕事のやり方」(ダイヤモンド社、2011年)
「仕事は”6勝4敗”でいい』(朝日新聞出版、2012年)
(2012年8月 渋谷「co-ba library」にて)

タテヨコ思考

(清水宣晶:) 本日、進行をつとめさせていただきます、
清水と申します。


私は、本の中でも、伝記や人物伝を読むのが好きで、
縁があってお会いした人の伝記を書くことを
ライフワークにしています。

出口社長は、ものすごい本好きでもいらっしゃるので、
今日は「読書論」というテーマでお話しをお願いさせていただきました。

(出口治明:) みなさん、こんばんは。

(会場:)こんばんは。


最近、いろんなところで講演していて、
「写真撮ってもいいですか」と言われることがあって、
被写体としては全然カッコよくないんですけれども、
いつでも、撮って頂いてOKです。
僕の話していることは全部オープンにしていますので、
写真撮っていただいても結構ですし、
twitterで中継していだいても結構ですし、
何をしていただいても大丈夫です。

(笑)

今、清水さんのお話しを聞いていて、
僕もそうだな、と思ったんですが、
本を好きになったきっかけがいくつかあって、
プルタークの「英雄伝」の影響ってすごく大きいんですね。
小学校の高学年から、中学校のはじめ頃だと思いますが、
プルタークを読んで、すごく憧れた気持ちがありまして、
そんなことを思い出していました。

で、今日はみなさんと、
質疑応答を出来れば、と思いますので、
私の話しを1時間、質問を1時間、
ぐらいの配分でいきたいと思います。

せっかくの機会ですので、
9割は読書の話しで、他の話しは極力しないようにします。
一番前提にですね、いつも最初これから入るんですが、
なんで人間は、生きて働いてるんだろう?
ということを考えるんです。

人間は、自分の周辺の世界を理解しているわけですよね。
「あ、俺はこういう会社に勤めているんだ、
私はこういう職場で働いているんだ」と。

でも、周囲の世界に100%満足している人は、誰もいないと思うんです。
この会社、こういう風にしたらもっと良くなるのに、とか、
社員食堂、俺だったらもっと美味しく作れる、とか。
いろんな変えたいと思うところが、きっとあると思うんですよね。

自分の周辺の世界、これを変えたいと思うということは、
その世界を経営する計画を持っているわけですね。
でも、なかなか一人で変えることは出来ないんで、
世界を変えたいという気持ちがあっても、
自分が出来る範囲は限られてますよね。

社員食堂を管理しているボスにハードネゴをしに行って、
業者を変えさせよう、とか。
そのぐらいは出来るかもしれない。
そういう風に考えると、人間が生きることは、
世界経営計画のサブシステムだと言っているんですが、
世界をどう理解し、どこを変えたいと思い、
自分は何を分担して生きていくのか、ということが、
人間が生きる意味だと思いますよね。

そういう意味では、清水さんが言われた、
人に聞いた、いい話しをどんどん広めたいというのも、
例えていえば、著作権を短くするような話しですよね。
あんなもん、何十年と独り占めするなんてけしからんやないかと。
ええものは、みんなで回して使ったほうがいいアイデアが出る、と。
それもやはり、世界をもうちょっと良くしたいと思う中で、
この、「ヒトゴト」という活動をされているんだと思いますが。

こういう風に、人間が生きる意味を整理すれば、
世界を理解することから始めなければいけませんよね。
ところが、人間の脳は、自分に都合のいいように世界を
見てしまうクセをもっているんで、世界を見ることって、
実はすごく難しいんです。

で、一番単純に世界を見ようと思ったら、
僕は「タテヨコ思考」と言っているんですけれど、
昔の人の話しを聞き、世界の人の話しを聞くのが一番簡単やな、と。
でも、昔の人はほとんど死んでしまっているんで、
本を読むしかないわけですよね。
だから、タテヨコというのは、
本を読むことであり、旅をすることであると。


これは、もうちょっと広げて言えば、人間が学ぶ方法が3つある。
生きた人間に会って話しを聞いて学ぶ、活字から学ぶ、
それから、自分の脚で歩いて世界から学ぶ。
「人から学ぶ、本から学ぶ、旅から学ぶ」と言っていますが、
この3つぐらいしか、学びようがないんです。
そういう意味では、タテヨコというのは、
このうちの、本と旅の2つを言ってるわけですね。

で、タテとヨコを比べたら、実は、
読書のほうが旅よりも圧倒的に効率はいいんですね。
皆さんが、オバマ大統領に会いたいと思って、
明日の飛行機でワシントンに行ったとします。
一ヶ月、ホワイトハウスに通いつめます。
オバマに会えると思う人、手を挙げてください。

(笑)

ひょっとしたら会えるかもしれないけど、難しいでしょ?
で、この方法ってすごくコストかかるんですよ。
飛行機代と、宿泊費とご飯代だけでも結構かかるでしょ。
でも、リンカーンに会おうと思ったら、700円もかからないで、
岩波文庫の「リンカーン演説集」を買ってきて読めば、
リンカーンとゆっくり話しをすることができますよね。
独り占めに出来ます。
そういう面では、タテヨコの中で、
タテというのはすごく効率がいいんですよね。

もう一つ大事なことは、いろんな物事を考えていく時に、
国語ではなくて、算数で考えるクセをつけないと、
世の中のことはわからないということですね。
国語で話すというのは、最終的には、好き嫌いになりますよね。
あるいは、話しが簡単に行き詰まってしまう。

簡単な例で言えば、二択で手を挙げてほしいんですが、
日本は、役人がたくさんいて、
税金をたくさん使っている大きい政府ですか?
役人が少なくて、あんまり税金を使ってない政府ですか?
という単純な質問で、
大きいと思う人、手を挙げてください。

小さいと思う人は?

これは、googleで検索すれば5分で答えが出るんですが、
「役人」てなんだと定義すれば、全世界共通で、
国家公務員、地方公務員、第三セクター、
つまり政府が出資している企業の従業員ですね。
これが役人の定義で、全世界あんまり変わりがない。
この合計が、人口1000人あたりでどれだけいるかを見れば答が
すぐわかるんですね。日本が35人。ドイツが55人。
アメリカ、英国、フランスは80人から90人いますから、
日本は世界では一番小さい政府なんですよね。

これは別に、日本の役人がエラいとか褒めてるつもりは全然
ないんですが、大きい政府とか小さい政府だけで議論しちゃうと、
イデオロギーの争いになっちゃうでしょ?
あるいは、「大きい政府って、税金でメシ喰ってるんだから、
そんなもの小さいほうがええやないか」と言われれば、
それで終わりです。

人間がやることは、だいたい数字に直せるんで、
大事なことは、先ず数字に直してみることです。
どの程度大きくて、どの程度小さくて、
どこに問題があるのかを詰めていかないと議論が出来ないので、
世界を理解するときは、やっぱり、
国語ではなくて算数で考えるというのが、
ものすごく有効だと思いますね。

私の読書論

で、そのぐらいの話しを大前提にしておいてですね、
読書論の話しに入りますが、まあ僕は活字中毒者です。
テレビはほとんど見ないですから、
今年唯一30分以上見たテレビというのは、
オリンピックの開会式だったと思います。


今でもですね、
飛行機に乗っても、新幹線に乗っても、地下鉄に乗っても、
座ったら、本を読まないと落ち着かないんですよね。
だから、カバンにはいつも本を入れてるんですけれど、
本を読み始めると、すぐ熱中してその世界に入ってしまうんで、
今でも週に1~2回は、地下鉄を乗り過ごしてますよね。

こういうクセがあるので、新幹線で大阪に行くときは、
秘書に、出来るだけ新大阪止まりの新幹線にしてくれ、
と頼むんですけれど。

(笑)

そうでないと、名古屋あたりから気をつけていないと、
乗り過ごしたら大変ですから。

今はベンチャー企業の経営者なので、
週に5~6冊ぐらいしか読めないんですけど、
たぶん高校生のぐらいの時からずっと、
週に10冊とか15冊とか読んでたと思いますね。
本を読むのが趣味というか、まあ、本当は、
寝ること食べることが一番好きなんですが、
その次に、好きなのが本を読むことですね。

旅も結構好きで、
世界で1000ぐらいの街を自分の足で歩いてるんで、
僕の一番の才能は、添乗員にあると思うんですけれども。

それで、本を読み始めたきっかけは、
幼稚園の前後の頃だと思うんですが、
ものすごい田舎で育ったんで、
周りに5軒ぐらいしか家がなくて。

だいたい野山でカブトムシをとったり、蝉をとったり、
トンボをとったりする子供時代を過ごしてきたので、
今でも木に止まっている蝉をみると、
自然に手が伸びてとっちゃうんで、
それを写真に撮ってtwitterに上げているんです。


雨が降ったら本を読むしかないので、
その頃から本が好きだったんですが、
幼稚園の頃に、ぼんやり空を見上げていたら、
すごく大きい太陽があるわけですよね。

どう考えても大きくて熱くて、重そうな気がして、
なんであんな大きいものが落ちてこないんだろうというのが不思議で、
よく両親に聞いていた覚えがあります。
で、たぶん、両親がうっとおしくて、
『なぜだろう、なぜかしら』という自然科学の本を与えてくれて、
この本を読めばだいたいのことが書いてあるよ、というのが、
本の最初、ぐらいだったかもしれませんね。

それから、小学校の時は、おみやげに何がいいかと言われたら、
だいたい、親戚にも全部「本」と言ってましたから、
たぶん本がとても好きになっていたんだと思いますが。

で、小学校の高学年か中学校の時に、
プルタークの「英雄伝」とかを読んで、
中学から高校の頃にどんなものを読んでいたかといえば、
やっぱり小説を読んでましたね。

宇宙論もずーっと好きで、宇宙の仕組みとかは
ずっと読んでたんですけれど、やっぱり文学が好きで、
結局、源氏物語から漱石に至るまで、
文学全集に載ってるようなものは全部読んでしまったんですけれど、
何が一番しっくりきたかと言えば、
一番覚えているのは、「チボー家の人々」ですね。

マルタン・デュ・ガールという人が書いた小説ですけれど、
高校時代は、友達とかあるいは、たまにデートとかすると、
一所懸命「チボー家の人々」の話しばっかりしているような
高校生だったという気がしますね。

それで、大学に入ったんですが、
大学に入ったのが1967年で、たぶん、ここにいる
ほとんどの皆さんはまだ生まれていらっしゃらないと思うのですが、
その頃は、大学紛争で、学校は占拠されてて、
ほとんど授業がないんですよね。

大阪の高校生とかは、学生運動の洗礼を受けていて、
たまに教養学部の教室でぶらぶらしていると、
「お前、まだトロツキー読んだことがないのか」
というような時代だったんです。
で、田舎だったんで、図書館にもトロツキー全集とか
なかったんで、そんなもの知らなかったんですけれど、
「まだ読んでないのか」と言われると、
やっぱりカチンとくるんで、読もうと思いますよね。

それで、トロツキーを読んで、マルクスを読んで、
ヘーゲルを読んで、カントを読んで、
というふうになっていくと、
アリストテレスにまでいかざるをえないんですよね。

あ、なるほど、こういうことをみんな議論しているのかと。
その頃は、15時間ぐらい、下宿で本を読んでいました。
することがないので、本を読んでは、
おなかがすいたらご飯を食べに行って、また本を読んで。

ある程度わかったと思ったら、友達と喫茶店で議論をし、
そういうふうな生活をしていた気がしますね。
それが、おおまかに言うと読書の遍歴みたいなものです。

それから大人になって、サラリーマンになってからは、
基本的になんでも読む感じなんですけれど、
僕が好きな分野というのは、だいたい3つあるんですよね。

小説も大変好きですけれど、文学はまあ置いておいて、
文学以外で何が好きかといえば、まず一つは、
美術はすごく好きですね。
これは、なんで好きになったかと言えば、中学生の時、
当時は、国語、数学、社会、理科、英語の他に、
美術、音楽、家庭科とか、科目がたくさんあったんですよ。

中学時代で、ものすごい昔だから、印刷は悪いんですけれど、
世界の名画とか先生が教えてくれるわけですよね。
ボッチチェルリの絵を見た時に、こんなキレイな女性が
世界にいるんだろうかと思って、
そうすると、矢も盾もたまらなくなって、
図書館中の美術全集を借りてきて読んだ。
それが美術が好きになったきっかけですね。

これは実は旅の原動力にもなっていて、ずっと絵が好きでしたから、
世界をまわり始めたのは、絵を見たいと。
あのキレイな女性の本物に会いたい、というのが
一番最初の旅の動機でしたね。
だから、フェルメールも、全部行って観ています。

もともとは世界をまわり始めたのは、美術館とか教会、
絵とか建物を見たくてまわり始めたのが、
一番最初のきっかけだったと思います。

もう二つハマったのは、一つは宗教ですよね。
結局、哲学を読み込んでいくと、
どこかで、これは宇宙論でも同じなんで、
たとえば村山さんという東大のすごく立派な先生がいますけれど、
村山さんも結局、宇宙ってよくわからないと。

よく考えてみたら、人間の頭が理解するのに都合がいいように
宇宙はできてるように思うと最近は言われたりしてますけれど、
どれだけ突き詰めていっても、最後は、
これ以上突き詰められないところが残るので、
やっぱり神の存在っていうのは面白い気がしますよね。
だから、哲学を読み込んでいくうちに、宗教にすごく惹かれて。

で、いろいろ遍歴はしたんですけれど一番個人的に惹かれたのは、
オタクっぽいんですけれど、マニ教ですね。
天才マーニが作った、善悪二元論の宗教で、
それに惹かれた。

もうひとつは、やはり歴史ですよね。
これはきっかけは、プルタークの「英雄伝」だと思いますけれど、
やっぱり人間が実際にやったことは、ものすごく面白いですよね。

僕は保険会社に入って、
保険会社のキャリアのほとんどMOF担(旧大蔵省の担当)を
してまして、しかも、運用関係が長かったんで、
経済とか金融の本はそれなりに読んでますけれど、
やっぱり、自分の専門分野や、文学とか小説とか舞台とか、
そういうものを除いては、多分一番読み込んでいるのが、
美術関係の本と、宗教関係の本と、歴史関係の本だと、
個人的には思います。

で、なんか柔らかい話がだいぶ長くなって恐縮ですけれど、
ついでに言えば、いろんな紆余曲折があって、
今ベンチャーの経営者をしているんですが、
僕は、日本生命を辞める時に、
遺書という形で「生命保険入門」という本を書いて、
岩波から出してもらったんです。
自分の専門の分野で一冊本を書いたんで、あとは、
もう一冊ぐらい、専門以外の本を書きたいと、
ベンチャーを起こす前に思ってたんですよね。

その時に、何が書けるだろうかと考えて、
自分が人よりちょっとマシなのは、
美術と宗教と歴史しかないなと思って。
で、その中から消去法で考えていったら、
美術はまっさきに落ちたんですよね。
絵を載せないと話しにならないけれど、
その絵を載せてもらう交渉とかものすごい面倒くさそうやから、
これは出来へんな、と思って、やめとこうと。

その次に、やっぱり宗教が落ちますよね。
宗教は哲学と同じで、かなり頭が良くなければ明晰に切れないんで、
僕の頭ではあかんやろなと思って落としてしまって。

そしたら歴史が最後に残って、
その当時は、日本生命の子会社にいて結構ヒマなんで、
東京大学の小宮山先生に会って、
東京大学の総長室のアドバイザーを非常勤で勤めていたんですが、
仕事は出来るだけ短く切り上げて、東大の図書館で、
歴史の本の下書きをしてみようということで、
「生命保険入門」の、たぶん三倍から五倍くらいの分量があると
思いますが、一年ぐらいで「5000年史」を書き上げたんですよね。


どういう風にして書いたかというと、岩波の世界史年表を左に置いて、
右に、その年表を見ながら、自分の記憶を頼りに、
世界はこういう風に動いていった、ということを書いて。

それは素案の素案なんですが、紀元前3000年から、
だいたい2005年まで書きこみました。
年号は正しいんですが、その年号に合う事柄は全部記憶だけで書いたので、
間違ってるかもしれないんで、これをあと一年か二年かけて、
裏を取って、本の形にして、自費出版でもして、
これで僕の人生は終わりかな、と思ってた時に、
谷家さんに出会って、ライフネット・プロジェクトをやることになったんで、
この原稿はそれから一切、手をつけてないんですよね。
置いたままです。

でも、僕が歴史好きだということを、
友人の友人の京大の先生が聞きつけて、
「出口さん、ものすごい歴史に詳しいらしいから、
京大の教養学部で講義をしてほしい」と。
これが3年ぐらい前で、だから、僕の母校での最初の講義は、
専門の保険でも金融でもベンチャーでもなくて、
イスラム史だったんです。

(笑)

この話を聞きつけた人が、大学だけでするんではなく、
市民にも聞かせてくださいということで、
京都で有志の方が6~7回集まって、
5000年史をずっと始めから講義をしていて、
今7回ぐらいやって11世紀ぐらいまで来て、
これからたくさんの事柄が起こるんで、
まだあと7~8回東京でもやっていますが。
そんなことをやったりしています。

今お話ししたことがだいたい、
「私の読書論」、みたいなことですね。

古典で思考を鍛える

それで、人から学ぶ、本から学ぶ、旅から学ぶ
ということで、本の話しになりますが。
大学の講義は半分ぐらいしかなかったんですが、
その中で、高坂正堯という、ちょっとユニークな先生がいて。

その先生が言われたことがまだ、頭から離れないんですが、
「古典を読んでわからなければ、自分がアホやと思いなさい。
で、今生きている人の本を読んでわからなければ、
そんなもの書いた人がアホに決まってるから、
読むだけ時間の無駄や」と、先生が喝破されたことを、
すごく良く覚えてますね。

中には屁理屈を言う人がいて、
「おんなじ日本語で書かれていて、同じ漢字使っているのに、
なんで古典は難しいんですか?」とアホなことを言う学生がいて、
「そんなこともわからんのか、ほんまにアホやな」と、
先生が丁寧に教えてくれたんですが。

皆さんはわかると思いますが、
言葉の意味が違うから、古典は難しいんですよね。
たとえば、「桜」といえば、何も考えずに私達が連想するのは、
上野公園とか千鳥ヶ淵の真っ白なソメイヨシノですよね。
でも、あの桜は、人工的な桜で、
130年ぐらい前に作りだされた桜で、それ以前の日本人は
ソメイヨシノを見たことがないんですよね。

ということは、新古今集に歌われている桜は、
ソメイヨシノではないので、たぶん山桜だと思うんですけれど、
そういう風に、言葉の意味が全部違っているので、
古典は難しいんですね。

でも、今生きている人は、
同じ日本語で、同じ概念で言葉を使っているわけですから、
今生きている人の本を読んで、わからなければ、
それは書いた人がアホに決まってるので、
そんなのは読むだけ時間の無駄ですよね。

本を読む行為というのはリンカーンと話をすることなんで、
僕は、「速読」はあり得ないと思っているんですよね。
皆さんも話しをした時、相手に速読されて嬉しいですか?
ちょっと腹立つでしょ?


(笑)

そんなことは、やっぱりやっちゃいけないんで。
僕は、本は、速読は絶対せずに読むんですけれど、
3ページぐらい読んで、面白くなかったり、
わからなかったら捨てますね。
せいぜい根気がいい時で5ページですね。

だって、最初から、
前書きとか第一章で書いてあることがつまらなくて、
意味がなくて、いい本であるはずがないんで。
そんなもの読むのはもう時間の無駄だと。
だから、オール・オア・ナッシングで、
読むか読まないか。
それが、基本的に、すべてですね。

だから、高坂先生が言われたことは、
僕は今でも正しいと思ってますけれど、
わからないことを言ったり書いたりする人は、
本当にアホな人でわかってないか、あるいは、
難しい言葉とか言い回しを使えばカッコいいと
思うから使ってるか、どちらかで。
まあ、どちらもあんまりいい本ではないと思いますね。


それから、本を丁寧に読む時に、
僕は絶対古典のほうがいいと、
自分でもビジネス書を書いている身としては、
天に唾する行為ですと断った上でお話しをしているんですが、
ビジネス書100冊は、古典1冊に及ばないと思いますね。

なんでかと言えば、本を読むという行為は、
思考力の鍛錬だと思うんです。
これは、木田元というハイデガーの専門家の先生が
常々こういうことを言われていますよね。
「人間の思考力というのは、運動と同じで、
訓練しなければ高まるはずがない」と。

で、「思考力を高めるためには、
きちんと書かれたテキストを一言一句丁寧に読み込んで、
句読点にも意味があるわけだから、その人の思考のプロセスを
追体験することによってしか、考える力は鍛える事は出来ない」
と言い切っておられます。

なんで木田先生とお会いしたことがないのに、
立派だと思うかと言えば、たしか木田先生は90歳近いのに、
50年近く言われたことを実践しておられるからです。
若い人を集めて、丁寧に一行一行読んでいく、
読書会を続けておられる。

やっぱり、言うだけの人はいっぱいいても、
言うだけでは世界は変わらないので、
行動に移す人が僕はエライと思っていて、それで
木田元先生は大変エライと思っているんですけれど、
このように考えたら、おんなじ思考力を鍛えるんだったら、
そんなもの、アリストテレスとかカントとかヘーゲルとか、
そういう超一流の人の思考のプロセスを追体験するほうが、
得に決まってますよね。

やっぱり、スキーでもなんでも、
プロに教えてもらったら、あっという間に上達します。
下手な人に教えてもらったら全然上手くならないのと同じで、
読書の本当の意味が、思考力を鍛えることだったら、
絶対、古典を読むほうがいいと思います。


昨日の晩、『週刊エコノミスト』に頼まれて、
「経済学を極める本を5~6冊推薦してください」
と言われたんですけれど
でも、他の人が推薦した本はダメですとか言われて。

僕は一番最後に頼まれたんで、
ページ数がたぶん空いたからだと思うんですが。
でも、他の人が推薦した本をよく見たらアダム・スミスがないんですよね。
今、これだけ資本主義とか市場経済が行き詰まっているのに、
アダム・スミスをちゃんと再読しないで、
今の問題が理解出来るだろうか、と、こういう風に思って、
アダム・スミスの再読を最初に書いたんですけれど。

これと、似たような話で、
ある国立大学の経済学部のゼミが僕のところに研修に来て、
3年生だったんですけれど、あと一年ちょっとありますから、
卒業するまでにむべき本を推薦してくださいというので、
君らは経済学を専攻して一所懸命勉強してるみたいだから
アダム・スミスとかケインズは当然読んでるだろうから、
ワルラスでもと言いかけてみんなを見たら、みんな下を向いてるんですよね。
「アダム・スミス読んだ人、手挙げてごらん」と言ったら、
誰も手を挙げないんですよ。

おそらく、海外の大学で、
経済学をいやしくもメジャーとしている人で、
アダム・スミスを読まない学生なんて、
およそ考えられませんよね。

『日経ビジネス』でしたっけ、
「日本の大学生は4年間で100冊、アメリカの大学生は400冊読んでいる。
おんなじ会社に入ったら、どっちが上司になるか、
もう勝負はついてるよね、
あるいはどっちの経済が良くなるか、もう決まっているよね」
と書いてありましたけれど、やっぱり、
インプットがなければ、アイデアは出てこないですよね。

「そんなん、本読んでなんの役に立つんや」
という人がいるかもしれないですけれど、
坂本龍一という作曲家がいて、
彼はずっと若い時にこんなことを言っていますね。

「自分はよく作曲の天才なんて言われるけれど、
自分には天分は何もないと思う」と、
彼ははっきり言っています。
ただ、小さい頃からむやみに音楽が好きで、
両親がむちゃくちゃ甘かったんで、
レコードでもテープでも何でも買ってくれた、と。

だから自分の子供時代は24時間音楽の中にいた、と。
だから大人になって、何かを表現したい時に、
昔の引き出しから、昔聴いた音を、
適当に引っ張りだして組み合わせているだけで、
何にも創造性なんかない、と。

だからこの後、著作権を長くするなんてとんでもない、
という発言に続いていくんですけれど、このことに尽きると思うのです。
それは別に、本が嫌いだったら、
人から学んだり、旅から学んでもいいんですけれど、
インプットが少なかったら、
面白い発想が生まれるはずがないですよね。


そういう意味では、日本の競争力を回復させるためには競争力から
始めるべきというのは、
僕はまず大学生を勉強させることから始めるべきである、と極論すれば、
本を読ませることからしかスタート出来ない。
だから一番悪いのは、
青田買いをしている企業の人事担当者と、役員であると。
全部捕まえて牢屋に放り込んでしまえば、
ポストも空いて若返るので、日本経済が良くなるではないか。
大学生は勉強し、会社はポストが空いて、
一石二鳥ではないかと。
ついでに、東京地検の名誉回復にもなるんで、
一石三鳥ではないかと言ったりしてるんですけれども。

たぶん今日は、「読書論」に集まっていただいていますから、
本が好きな皆さんなんで、
もう古典の選び方なんか説明する必要はないと思います。
古典は全部読めばいいという話ですよね。

では、新著はどういう風に選んでいるかといえば、
僕は最近忙しくて、あんまり本屋に行けないので、
ほとんど新聞の書評欄から選んでます。
新聞は3つとってるんで、その書評欄を見て、
面白いという本をゲットする、というやり方ですね。


書評欄から選んだ本の中で、この数年間で、
3ページで読むのを止めた本は一冊もないです。
新聞の書評欄というのは、新聞の中で一番まともなページです。
なんでかと言えば、有名な先生が自分の本名で書いてるでしょう?
ということは、あの有名な先生が、
こんなアホな本をこんなアホな文章で書いている、
と思われたら恥ずかしいでしょう?
だから、インセンティブが自然に働いて、
書評委員の先生方は、もう全力で選んでるんだと思います。

僕も本好きなんで、
もし、読売とか朝日の書評委員になってくれと言われれば、
もう、すぐライフネットを辞めるかもしれません。そしてきっと必死に書く。
まあ、それは冗談ですけれども、
自分の名前で本を推薦するということは、
それぐらい恥ずかしいことなので、必死に選ぶと思いますね。

それから、古典の話をしますと、
ときどき、今はインターネットの時代だ、と、
ギリシャの話を読んでなんの役に立つんだ、
と言う人もいっぱいいるんですよね。

僕は、役に立つと思ってるんですが、
それは、人間の脳が、少なくとも現在の知見では、
13000年ぐらい前の、ドメスティケーションという現象の時に、
人間の脳は突然変異を起こしたとか言われてるんですが、
その時以来脳が進化していないというのはほぼ確実なんですよ。

ということは、進歩しているのは技術だけなんですね。
こういう風に考えれば、なんでストラディバリウス以上に
バイオリンを作る天才が生まれないのかもよくわかるでしょう?
人間の脳がこの13000年間進化してなくてフラットであるならば、
一番バイオリンを作る優れた脳を持った天才が
300年前に生まれたということは、
アットランダムで簡単に説明出来るでしょう?

だから、人間の喜怒哀楽を描いては、
ギリシャ悲劇に勝る演劇をまだ生み出していないと
僕は思ってますけれど、それも十分理解出来ることで、
ソフォクレスや、エウリピデスやアイスキュロス以上の
人間はまだ生まれていない。
でもそれは、13000年間脳の構造がおんなじであれば、
たまたま2500年前にまとまってそういう3人が生まれたと
考えればすごくわかりやすいので。
脳が一緒であれば、基本的には、
人間のやることと言えば、おんなじですからね。

で、歴史では、必ずヘロドトスの「ヒストリア」が
話題にあがるんですけれど、
「ヒストリア」というのは探求という意味ですが、
最初の5行に書かれていることを平たく日本語に直せば、
「アホな人間が、またアホなことを繰り返さないよう、
自分が世界中で見聞きしたことを書き留めておいたから、
これをよく読んで、アホなことを繰り返さないようにね」
ということが、ヘロドトスが「歴史」を書いた真意ですよね。

そういう意味では、歴史や小説の中には、
本当に人間と人間が作る社会の姿が、
あまねく描かれています。

ビジネスといっても、あらゆるビジネスは人間と人間が作った
社会を相手にするものなので、人間や、
人間が作った社会に対する洞察を欠いて、いくら
ケーススタディーとかファイナンスとかいったものを学んだところで、
そんなものは単なるテクニックにすぎないので、
ビジネスに一番役に立つのは古典である、と、
そんな風に僕自身は思っているわけです。

まあ、ビジネス書は、後出しじゃんけんのようなものです。
僕個人は決して嫌いな方ではないんですけれど、
たとえば松下幸之助さんという、めちゃくちゃ立派な人がいる。
で、松下幸之助さんの本というのは、功成り名を遂げて、いわば
ビジネスをし終わった後に、
松下さんが口述でしゃべったことを、
文章の上手な人が筆記してカッコよく書いたものです。

でも、あのぐらいの年になったら、記憶もあやふやですから、
毎日違うことを言っているかもしれない。
でも何を言っても、大成功しているという事実があるわけで、
それはそれで、みんなが信じちゃうんですね。
そんなものは後出しじゃんけんの最たるもので、一体
なんの役に立つんだろうかと思うわけです。

でも、歴史とか小説は、
ひどいやつとか、いいかげんな人とか、
生身の人間が描かれているんで、
後出しじゃんけんよりも遥かに役に立つ、というのが、
僕の、基本的な認識です。
だから、本を読む意義というのは、やはり、
人間を知るということに尽きるような気がしますね。

インプットの仕組み化

僕は、日本生命という保守的な会社に長い間勤めていて、
こういうベンチャーをやってるので、
「よくカチカチの大企業にいたのに柔軟な発想ができますね」
とか記者に聞かれたりするんですが、それはたぶん、
会社から受けた影響が少ないからですね。


人間て不思議なのですが、本当に、
人から、本から、旅からしか
学びようがない動物ですけれど、
どこから学んだのかといえば、中心は本からだと思います。

僕は旅が大好きで、たとえばヴェネチアを例にとれば、
カーニバルに3回行ってますし、
たぶん20回ぐらいヴェネチアには行ってると思うんですけれど、
ひょっとしたら、僕が一番印象に残っている
ヴィスコンティの「夏の嵐」で観たヴェネチアの姿かも
しれないと思ったりしますね。

だから、経験はたしかに強い影響力を持ちますが、
本当に優れた映画とか文学というのは、
経験をゆうに凌駕する場合があるような感じがしているので、
もし僕が日本生命という典型的な日本の大企業に勤めていながら、
その影響を相対的に受けていなかったとしたら、
それはたぶん、僕のインプットが多かったから
だと思うのです。

30歳を超えて東京に出て来てからは、毎晩酒を飲んでましたから、
たぶん、人よりたくさんの人に会っていると思いますし、
本も普通の人よりはたくさん読んでいると思います。
で、旅も1000都市以上は街を歩いてるので、
たぶん、普通のビジネスパーソンにインプットは負けないと思っています。
インプットが多いから、いろんな引き出しから
都合がいいことを引っ張ってくることが出来る、そのことが柔軟に見える
だけだという気がしてるんですよね。

だから、数字、ファクト、ロジックで、
算数で考えるクセをつけて、優れた古典を読み込んで、
思考力を鍛えれば、あとの勝負はもうインプットの量でしかない
というふうに僕は考えています。

そのインプットは別になんでもいいんですね。
人でも、本でも、旅でも、映画でも、音楽でも、
なんでもいいと思いますが、そういう意味では、
やっぱり読書というのは、
もしみなさんが本が好きであれば、
ぜひ、オススメしたいという風に思いますね。

でも、人間はいつも忙しいので、
やっぱり仕組み化することがすごく大事で、
人間て、何事であれ長く続けるには、
「歯磨き」にしてしまうことが一番簡単なんですね。

僕は日本生命に入った時に、先輩から、
サラリーマンというのは会社に来る前に新聞を
複数読んでくる人のことを言うんだ、と教わって、
「え?そんなもんですか?」「そんなもんだ」と言われて、
今はもうクセになっていますね。

朝6時に起きて、7時までは新聞を3つ読む。
クセになってしまったら全然簡単で、
今でも情報のほとんどを、最初は新聞、そして深堀したい時は新聞から本、
というのが僕の情報の基本的なソースになっていますが、
本は逆に、寝る前一時間はだいたい本を読まないと
寝つかれないような習慣になっています。

だから、仕組み化するっていうことはすごい大事なことですね。
若い学生から、
「本を読みたいと思っているんですが読めません」とか、
「ついつい遊んじゃうんですがどうしたらよいでしょうか」
とよく聞かれるんで、
「きみ、ガールフレンドいるか?」と聞いたら、
「はい、ゲットしました」と言ったので
そのガールフレンドに、
「今日から一週間に2冊本を読みます」と宣言しちゃえ、と。
で、「もしサボったら、僕を捨ててください」と言え、
と教えるんです。

(笑)

簡単な仕組みなんですけれど、そういう風にやっぱり、
何かをしようと思った時は、人間は怠け者なんで、
仕組み化することがすごく大事だと思うんですね。

これを聴いた学生が、
「出口さん、僕はガールフレンドをゲットしてないんですが、
どうすればいいですか」と質問するんで、
「じゃあ、twitterで宣言しちゃえ」とか言ったんですけどね。
去年も4~5人いましたね。
出口さんに聞いたから、今日から本を読みます、
とかtwitterで宣言していましたけれど。
その後のフォローはしていませんが。

それで、いろんなことを話しましたが、
時々、僕は本好きだということを知って新聞記者が来て、
「教養のある社会人て、
だいたい何冊ぐらい本を読んだらいいんですか?」とか
アホな質問を聞かれたりするんですが、
教養って何だろうって言われた時に、僕はいつも、
大好きなココ・シャネルの言葉で答えているんです。
シャネルは大好きですが、買ったことはないんですけれど。

シャネルの伝記は、日本語のものは全部読んでいますし、
映画も全部見てますけれど、何が好きかと言えば、
彼女は、功成り名を遂げて、リッツで暮らしている時に、
こういう言葉を吐いているんです。
「私のように、教育を受けていない、
孤児院で育った無学な女でも、一日に一つぐらい
花の名前を新しく覚えることは出来る」
と言ってるんですよね。

草の名前とか、花の名前を覚えることが出来る。
で、一つわかれば、世界の謎が一つ消えるわけだから、
この世界が単純になっていき、わかりやすくなっていく。
だから、人生は素晴らしい、生きることは楽しい、
と言っているんですが、
もう、このスタンスが教養のすべてだと思いますね。

何冊本を読んだところで、教養のない人がいるので、
こういう前向きな気持を持っていることがおそらく、
教養のある人ではないかと、
僕自身は、記者の人にはいつも話してますね。


ただ、あとは、余計な話しかもしれませんが、
学んだだけでは世界は変わらないので、人間にとって本当に大事なことは、
僕は、世界を変えることだと思っています。

それはもう、イソップにある物語の、
「ここがロドスだ、ここで跳べ」という言葉に尽きますね。

慎泰俊というすごい若い人がいて、
彼が本で書いてるんですけれど、
生きる時間も、経験出来ることも限られているんで、
自分が今いるところで世界を変えたいと思ったことを
自分でやってみる以外に、
やるべきことを見つける方法はあるだろうか、と。
その通りだと思いますね。

だから、みなさんが働いている、
みなさんが生きている場所がロドスなので、
そこで跳ばなければ人間は生きている意味がない、と。

これは、元は、すごい古い物語で、
イソップ、ヘーゲル、マルクスに引用されているんですが、
「ここがロドスだ、ここで跳べ」という話を知っている人?

じゃあ、簡単に説明すると、
ギリシャのある街で、古代競技の選手が演説をしていたと。
「俺は、ロドス島で開かれたオリンピックのような大会で、
幅跳びで世界記録を飛んで金メダルをもらった」
と自慢していたんですね。

で、みんなが、へえスゴいなと思って聞いてたんですが、
あるおじさんがつかつかと前に出て、
「話はよくわかった。ここがロドス島だ、すぐに跳んでくれ。
それを見たら、お前の言うことを信じよう」と。
そしたら、その選手は、すごすごと逃げていった、
という話しですね。

だから今いる場で人間は行動をしなければ世界は変わらない、
というイソップの寓話をヘーゲルがひいて、
それをマルクスがさらに孫引きして、
有名になった言葉ですね。元はラテン語で、
「Hic Rhodus, hic salta!」という言葉です。

それから、どんな本がいい本かという話しについては、昔
現代思潮社という面白い本屋があって。
ここの石井恭二という人は、澁澤龍彦とサド裁判をやった、
すごいおじさんなんですけれど。
その出版社のキャッチフレーズが、
大学時代に聞いてやっぱりずっと残ってますね。

二つあって。おんなじ意味なんですが、
「花には香り、本には毒を」というフレーズです。
あるいは、これを、ロイスブルックという、
キリスト教の神学者は、
「偏見なき思想は、香りなき花束である」と言っています。

要するに、香りのない花なんていくらキレイでも、
花じゃないですよね。
だからやっぱり、本には毒とか、
強い偏見とかがあって尖ってるほうがいいですね。
それはやっぱり、心の中に残ります。
深く残って、どこかに引っ掛かりがあって、
我々の人生を変えてくれるよすがになる。

日本の経営者のほとんどが、司馬遼太郎がええとか、
論語の、しかも原典ではなくて、
2流の学者とかが書いたものを愛読書に挙げているのを見たら、
頼むから英語に翻訳しないでくれ、と。
こんなのが世界中のマーケットに流れたら、
日本株がさらに売られるじゃないかと、
そういう風に思いますけれども。

司馬遼太郎は好きです。
文章はキレイで、カッコいいことを書いていて、
サイダー飲んだみたいですっきりするんですが、
毒は残らないですよね。
彼は手練れの巧者で、歴史を美しくゆがめて書いてるのです。

「坂の上の雲」と、
たとえば和田春樹が最近書いた「日露戦争」上下巻とを
読み比べていただければすぐわかると思いますけれど、
要するに、物語にふさわしいように歴史を変えて書いてるんで、
気持ちがいいですけれど、毒は残らないように思いますね。

ライフネットのサブシステム

あと5分だけ、読書から離れますが、
お前はどういう会社を経営しているんだ、
ということを話して、最後に終わりたいと思います。

「世界経営計画のサブシステム」という言葉を
思い出してほしいんですが、
世界をどう理解し、何を変えたいと思い、
自分は何が出来るか、が人生を生きることである、と。

で、僕は、谷家さんという若い人に会って、
5000年史を書こうと思っていた楽しい時代から、
ベンチャーの世界に引き戻されたんですが、
その時にもう一回、世界を見てみたいと思ったんですね。
数字で確認してみたい。
保険会社は金融機関ですから、まず市民のサイフ、所得をみたいと。
所得を見たら貧しくなってる、と。

21世紀の最初の10年間は、所得が減る世界です。
これを、年代別に見たら、
フリーターがおそらく原因で、20代、30代が一番貧しい。
これが、赤ちゃんが出来ない、結婚出来ない根本原因だと。
こんな社会は僕はイヤだ、と。
この世界を理解し、どこを変えたいと思うか、ですね。

でも僕は保険しかわからないから、
インターネットを使って、生命保険料を半分にして、
安心して赤ちゃんを産んでもらえる社会を作りたい、
というのが、ライフネットのサブシステムですね。

で、20代、30代の契約者が8割。
なんで保険料が半分になるかといえば、
缶ビールだと覚えておいてください。

缶ビールを自分で買って飲めば、200円でお釣りがくるでしょう。
でも、渋谷の居酒屋に行ったら、
おんなじキリンビールをおんなじ量だけ飲んで、
400~500円とられるでしょう。
なんでおんなじビールが倍になるのか。
居酒屋のお兄さん、お姉さんの人件費、家賃、
光熱水費が乗ってるわけですね。
ライフネットは、インターネットの中にしか店がないから、
ビールとおんなじように保険料が半分になるんですね。


この赤い部分が、ビールにあたる部分で、
純保険料とか言われていますが、生命保険のいわば原価ですね。
なんで原価が同じかというと、誰が計算しても、
日本人の死亡率が同じだからです。
で、上に乗ってるグリーンの部分、会社の運営経費、いわば手数料だけが違う。

なんで他の会社の保険料が高いのかというと、
全国に1000店も1500店も居酒屋チェーンを展開していますから、
高いに決まってるんですね。
お姉さんがビールを出張販売してるわけです。
だから、ライフネットのモデルは、缶ビールです。

皆さんは、まだお若いので、たぶん
赤ちゃんがいらっしゃる人はきっと少ないですよね。
もしパートナーが亡くなった時、遺族は健康である限り、
何かの仕事をしてご飯を食べていくことは出来ますが、
日本は子供の教育費が高いので、
小さい子供さんが一人いたら、
子供一人につき最低1000万ぐらいは死亡保険に入っておこう、と。
二人いたら2000万ぐらいと、それだけ覚えといてください。
子供がいない人、あるいは一人で暮らしている人には、
死亡保険はいりません。

で、一番困るのは、難病とか大怪我で、
3年とか5年とか働けなくなったときでしょう。
だから、一人で暮らしてる人、まだ赤ちゃんがいない人は、
この、就業不能保険だけ入っておけば十分です。
アメリカとかドイツでは21世紀の保険と言われているものですね。


あとはもう、全部省略します。
あと一つだけ言えば、これはもう皆さんご存知と思いますが、
僕は還暦IPOだったんですが、
この4年間で何に苦労しましたかと言われれば、
知名度が上がらなかったことですね。

ゼロから作った会社で、親会社もないので、
免許はもらったけれど、
誰もライフネットのことを知ってくれない。
どんな会社かもわかってもらえない。
で、ガンガン広告出せば、保険料が上がるだけですよね。

最近ライフネットはテレビ広告派手にやっとるやないか
と言われたりしますが、全国でやったこと一回もないんです。
全部地域を分けて、コストを見ながらやってるんで。
今は上場したんで一つの、
チャンスやからやろうとしているだけなんですけれど。
だから、一番のチャレンジは、お金を使わず知名度を上げることだったんですね。

僕がいつもカバンを持って歩いているのは、
大きい名刺を入れてるからで、どんな会合でもですね、
皆さん何枚か持って帰ってください、
とお願いしているんです。


これは、見ていただければわかるんですが、
口コミのツールでもあってですね、表にお願いがあって、
裏が会社概要なんで、2~3枚持って帰って、
明日、会社の同僚の机の上にサッと置いておいてください、と。
簡単でしょう?
でも、これはすごくいい、ということで、
実は、ライフネットは会社概要作ってないんです。
これが会社概要なんですが、
もうベンチャー企業で20社以上真似されています。

この前は、政治家の先生が、
「出口さん、これパクっていい?」と。
はいどうぞ、と。国会議員の先生ですが、
「表に僕のアップの写真、裏に政策書いて配ろう」
とか言われてましたけれども。そんな工夫をしてきました。

でも一番効果があるのはやっぱり、
twitterとかfacebookですね。
みなさんもぜひよかったら、これはコストゼロですから、
フォローをして、「いいね」ボタンを押してください。
あと、本も書いていますので、興味があれば。

で、自分の本のことだけではいやなんで、人の本も薦めています。

ライフネットが伸びているのは、たぶん、
ダイバーシティにありまして、
生命保険って、女性の力でもってる業界なのに、
女性の常勤役員がいるのは日本の生命保険会社で当社だけなんですね。
中田が書いた本がありますので、興味があればということで。


それでは、これで終わりまして、せっかくですので、
質疑の時間を十分に取りたいと思います。
どうもご静聴ありがとうございました。

(拍手)

質問タイム

では、ここで、
出口社長からのお話しはいったん区切りまして、
質問をしたいことがありましたら、
ぜひ、この機会にお尋ねをしてみてください。


今日の話しになかったことでも結構ですので、
なんでも大丈夫です。

先ほど、坂本龍一さんのお話しがありましたけれど、
出口社長の場合は、ご両親からどういった環境で育てられて、
それだけ本を読まれるようになったんでしょうか?


環境よりも、たぶん個人差ですね。
僕には4歳下の弟がいて、東京で働いています。
弟の家に行くと、全室テレビがあります。

(笑)

弟はもともとはテレビが大好きでしたが、
本をあまり読まないですね。
だから、人間の情報のインプットはいろんなやり方があるので、
環境もありますが、やっぱり、
個性のほうが強いように僕は思います。

過去の一流の方の思考を追体験するという、
インプットの話をされていたんですけれども、
アウトプットをするトレーニングというのも、
されているんでしょうか。


これは、ちきりんさん論争したテーマでもあるんですが、
基本的には、お風呂に順次に水をはっていけば、
どんどん入れていけば溢れるでしょう。
アウトプットいうのは基本的には、これだと思うんですね。

もう一つ言えば、仕組みということですね。
僕はいつも言ってるのですけれど、
日本の教育で一番大事なのは、青田買いをやめることで、
企業が成績で採用するようになったら、学生は本読みますよ。
いい成績をとるためには、本を読まなければいけないわけですから。

ちきりんさんと私の考えは、
基本的にはあまり変わらなかったんですが、
そういう仕組を、ちきりんさんはアウトプットと
言ってるわけですよね。

人間て怠けもんだから、本読めとか、
インプットとか、言っててもあかん。
読まなければ卒業できないようにしてしまえばいいんや、
というのがちきりんさんのアウトプットなんで、
それは僕も賛成ですね。
だから、アウトプットというのは、
基本的には仕組みだと思います。

仕組みというか、
習慣ということですか?


仕組みもありますよ。
僕が、日本生命で部下を鍛えるためにやったことですけれど、
業界の学術論文誌があって、誰も投稿しないんで、
編集部はいつも困ってたんですよ。
そこの編集長に、4月になったら電話をして、
2ヶ月に一回出る雑誌なんですが、
毎号載せてくれるか?と枠を買うんです。

そしたら、編集長は、困ってるわけですから、
「出口さん、喜んで毎号載せます」と確約されるわけですね。
そうすると、2ヶ月に一回で、一年で6回論文が出せるんで、
後は、あみだくじを作って、部下にひかせて順番決めるんです。

そしたら中にはですね、
「こんな、仕事以外のことやるのいやです」とか
言う部下もいるんですけれど、それは説得するんですよ。
「お前、実は原稿料出るんだぞ」と。
お金が入るし、どんな不出来な文章でも、
書けばちょっとは賢くなるよ、と。
しかも、誰も出さないから、宝くじよりもはるかに
確率高く、優秀賞もらえるぞと。
優秀賞もらえたら、人事も、こいつはエラいと思って
評価上がるかもわからんぞ、とか言うと、
みんな「書きます、書きます」って言うんですね。

(笑)

これも、要するに仕組みですね。
強制的に、クジで当たったからやれと言われれば、
勉強して書くしかない。
仕事の中で、あるいは大学の中で、
本を読ませる仕組みを作るべきですね。

アメリカの大学は、勉強させるシステムが良くできてますね。
僕は留学経験ないんですが、子供が大学院に行ったので、
親バカでいっぺん見にいったら、ほんとに良くできていて感心しました。
先生が授業までに、この本と、この論文を読んでおけ、
という指示をメールで出すんです。

で、その本や論文は全部、図書館に備え付けられている。
図書館には学生の数だけ大きいボックスがあって、
そこに参考書を入れておいて、図書館は24時間開いているので
いつでも勉強出来る。食べ物もすぐ食べられる。

要するに、勉強出来る仕組みが出来上がっているのです。
で、指定されている文献を読んでいかなかったら、
授業についていけないとか、恥をかくだけなんで。

仕組みをという点でいえば、
一番の害悪は、青田買いをやっている大企業だと思います。
青田買いは勉強させないシステム。
大学の先生がtwitterで、
「今が、一番勉強に大事な時期です。
企業の人事担当のみなさん、僕の学生をゼミに返してください」と、
こんなことを言わせるバカな国がどこにあるかという話しですよ。
経済がダメになるのも当たり前ですね。

読書以外のことでもいいということだったので、
資料にあった、「旅から学ぶ」ということについて、
お聞きしてもいいですか?



30歳ぐらいの時に、キッシンジャーと、
もちろん向こうは一人で、こっちは10人ぐらいで、
プライベートでメシ食ってたんですが、
その時にキッシンジャーが、ワインを飲みながら、
人間はワインと同じです、と話を始めたんですね。
気候の産物です、と。

要するに、生まれた土地を、
ほとんどの世界の人は誇りに思っていて、
先祖のことは、どこの馬の骨かわからないけれど、
立派な人に違いないと思っている。
愚かしいかもしれないけれど、それが人間の姿やと。

だから若い人は、地理と歴史、
つまり世界の人が生まれた街の状況と、
そのご先祖のことを一生懸命勉強しなさい、と。

そして実際に自分の足で歩かないと、
胸襟を開いて仕事は出来ない、と。
特に自分のような外交官にとってはそうだ、
という話しが印象に残っていて、
やっぱり旅やな、と思ったんです。

僕はサラリーマン時代に、
夏冬それぞれ最低2週間、旅行に行ってたんですけれど、
上司に「またか」と言われると、
「いや、キッシンジャーもこんなこと言ってたんで」
という風に使っていました。

(笑)

それから、このデカルトの話は知ってますか?
デカルトがパリ大学を出る時に、
「もう僕は、十分に本は読んだ」と。
21歳か22歳だと思いますけれど、
パリ大学で学ぶことは全部学んで、
もう本も全部読んでしまったから、
もう大学には戻ってきません」と。
「僕はこれから世界を旅して、
世間という大きな書物から学ぶんだ」
と言ってデカルトがパリ大学を去ったわけですね。


で、旅で何を見るか。
基本的には、何を食べてるのかをよく見てますね。
どんなものを人間は食べているんだろう、と、次は
最初は美術館に行ってましたけれど、
やっぱりマーケットで、
肉とか果物とか野菜がいくらで売られていて、
美味しそうか不味そうか、
たくさんあるかどうか、が一番面白いですね。
安くて美味しいものが市場にいっぱいある国の政治は、
やっぱり上手くいっていると思います。

で、その次は、道端に立って若い女性を見てますね。
これは、不真面目ではあるんですが、実は真面目なのです。
若い女性が年々キレイになる国の政治は上手くいってます。
というのは、人間は動物なんで、
若い女性は遺伝子をコピー出来るんで、
みんな若い女性に貢ぐんですよ。
だから、女性が年々キレイになる国は、
貢げるだけ稼げるということなんで、
政治が上手くいって、社会が上手くいっています。
そういう理屈をつけてますが。

(笑)

聖母マリアの語源は、
イエスが話していたアラム語の「ミリアム」が
たぶん語源だと言われているんですが、
太った女性、キレイな女性という意味なんです。
原義は太った女性で、それが、
キレイな女性を意味するようになったんですが、
それは何故といえば、紀元ゼロ年ぐらいの時代は、
まだ生産力が十分になくて、
ご飯が満足に食べられなかったんですよね。

有力者はご飯がいっぱい食べられるんで、
街でキレイな女性を見つけたら、
「お嬢さん、ご飯を食べさせてあげるから、
僕の家に遊びにおいで」とデートに誘ったんですけれど。
だからキレイな女性は結果的に太ってしまったんですね。
今も一緒で、あまり変わりませんね。
だから、若い女性を見て、その国の様子を知る、
というのは歴史的にも正しい、と言ったりしてるわけです。
まあ、半分は冗談ですけれど。

本を選ぶ時に、新聞の書評を見るとおっしゃってたんですが、
旅先を選ぶ時は、どういう観点で選んでいるんですか?


基本的には、映画で見たり本で読んだりして、
「あ、ここ行ってない」と思ったところに行きますね。
思い立ったらすぐなんで、迷ったら行く、と。

未来の話しを聞きたいんですが、
ライフネット生命がこのまま上手くいって、ご引退なさった後に、
何かやりたいことというのはあるんでしょうか?


先のことなんか考えても仕方がない。
それは何故かといえば、「カサブランカ」という映画があって、
ハンフリー・ボガートとイングリッド・バーグマンが出て、
「昔のことなんか忘れちゃった。先のことなんかわからない」
というセリフでカッコよくキメてるんですけれど、
人間っていつ死ぬかわからないんで、
考えてもしょうがないことは考えないんですよ。

まず一つは、済んだことは考えない。
絶対に過去は変えられないんで、くよくよするだけ時間の無駄なんで。
人間が変えられるのは、今晩と近未来だけなんで、
今晩、この後の懇親会で、何が出るのかな?
と考えるほうがむしろ楽しい。

少なくとも、ベンチャー企業を起こしたわけですから、
まだ赤字ですし、生命保険は息の長いビジネスなんで、
10年ぐらいは黒字にならないですけれど、
急成長したとはいえ、まだ売上37億しかないですからね。

生命保険のマーケットって40兆円以上あるわけで、
100倍でトップラインが3700億になっても、1%にならないんで。
この会社で業界を変えたいと思ったら、
早く大きくするしかなくて、
10倍、100倍にすることを考えるのが僕のやるべきことで、
それ以外のことは、考えても仕方ないし、興味もないですね。

少しあるとしたら、100倍ぐらいになったら誰かに譲って、
「5000年史」を出版したいぐらいですか。

(笑)

最初の数ページを読んで興味がなかった本でも、
これは、将来役に立つかもしれない、
と思って読むことはありますか?

役に立つと思って、人に会ったことも、
本を読んだこともないですね。
今役に立つと思っていても、世の中は変わるんで。
この人がエラくなるからと思って一所懸命つきあってても、
突然死んじゃうかもしれない。
だから、役に立つと思って本を読むっていうことはないです。


読んだ本というのは記憶に残るものですか?

残りますね。
僕は、徹底的に読み込むので、
わからなかったところは、まだ戻って読んで、
飛ばし読みはしないんです。
ご飯だったら、全部残さずに食べてしまうタイプなので。

僕は本を読んでも、読んだ後、
頭からすぐに、サッと抜けてしまうんです。


それは、毒がある本をあまり読んでいらっしゃらないから。
本当にいい本っていうのは、何か重いものが残りますよね。
考えさせられる。毒がまわってくるから。
俺はアホやった、こんなことも知らんかった、
ということも含めて。
でも、基本は、好きなものを読むのが一番だと思います。

ライフネット生命のことについて質問なんですが、
生命保険の問題点を本当に解決したい、
変化させたいと思った時に、既存の勢力と
ぶつからないといけない時があると思うんですが、
その時に必要なことってどんなことでしょう?


現状を冷静に認識することですね。
時々、「新しいことをやりたいけれども、
既得権を持ってる人からつぶされるのがいやだ」
という質問があって、どうすれば上手くいきますか、
と聞かれることがありますけれど、
上手くいくなんてあり得ないと思います。

というのは、新しいことをやるということイコール、
既得権を持ってる人がつぶしにかかって
足を引っ張るのは当たり前で、これは全世界共通なんで。
既得権を持ってる人が、にこにこ笑って見ているということは、
新しいことをやっているように見えて、
何もやっていないというのと同義ですよね。


人生はすべてトレードオフなんで、
新しいことをやろうと思ったら、
障害があるのが当たり前だという現実認識を
持つことに尽きると思います。

本を読むことで人間を知るとおっしゃっていたんですが、
人間とはこういうものだ、
と一番感じたのはどのようなことでしたか?


一番感じたのは、人間は怠け者でいい加減な動物だと、
あらためてわかった、ということですね。
立派な人などほとんどいない、ということがよくわかった。

そういうことがわかれば、じゃあ、どういう風にやれば
世の中を良くすることが出来るかという、
仕組みしかないと思いますよね。
人間の意識を高めることなんて不可能なんやと。

宗教で、マニ教に惹かれたということを
おっしゃっていたんですが、
どういうところが魅力だったんでしょうか?


極めて単純なんですが、ちょっと専門的な話しをします。
神様という概念をなんで人間が発明したかといえば、
ドメスティケーションに遡るんですね。
13000年前ぐらいに、人間の脳が突然変異をおこして、
自然を支配したいと思うようになったんです。

植物を支配するのが農耕であり、
動物を支配するのが牧畜であり、
金属を支配するのが冶金ですね。
次には自然の原理を支配したいと当然思うようになるわけで、
そこで神が出来るわけですね。

で、人間が悩むのは、
神様がいて、世界を作っているんだったら、
この世の中には、なんで悪とか不正とか、
ひどいことが消えないんだろうということの
答えが出ないんですね。

それを一番簡単に説明するのが善悪二元論なんです。
時間軸で解決して、最後には正義が勝つんだけれど、
それまでは正しい神様と悪い神様が争っているんだ、と。
この二元論を集大成したのがマニなんですよ。
この影響は1000年ぐらい、世界の思想史を揺るがせます。

僕がマニを好きなのはそれだけではなくて、
自分の教えを説いてまわる時に、
踊って絵を描いていたんです。
これは人間の表現力の根本を意味していて。
言語だけでコミュニケーションが成り立つんではなくて、
言語というのは、書き言葉によって
キレイな言葉になったんですが、たぶん人間は、
もっと昔は、身振り手振りとか歌とか、
すべてを組み合わせてコミュニケーションをとっていた。
マニというのは、その本質をついていて、
すごく面白い人なんです。
日本語だったら、文庫クセジュで、確か
マニ教」という本があります。
それが一番、薄くて読みやすいと思います。

ベンチャーを起こされて、
岩瀬さんとはだいぶ年が離れていると思うんですが、
経営者として、出口社長の役割とは何なんでしょうか。


僕は、社長の仕事は2つしかないと言っているんですが、
社員が朝起きた時に、今日も楽しいから会社に行こう、
という雰囲気を作ることが95%であって、
あとは、わからないことを決めるのが5%で、
後は何もない、
とマネジメントの講演会なんかでも言い切っていますね。

岩瀬には、外向きの仕事をやらせています。
彼はプレゼンテーションの能力が抜群に高いので、
いわばライフネットの外務大臣です。

中は、さっき本を説明した、中田という女性が、
抜群にコミュニケーション能力が高いので、
彼女が中を全部見ています。内務大臣ですね。
この3人で経営をしています。

リーダーの仕事は、猿山のボス猿と一緒です。
右へ行くのか左へ行くのかを決めることです。
間違った方向に進めば、みんな死にますからね。
わからないことを決めることしか、トップの仕事はない。
そういう点、クビライは本当にすごいですね。

本だけでなく、
言葉そのものに対する興味っていうのはありますか?


言葉によって文章が組み立てられているわけですから、
この言葉がどうして生まれたかという、
言葉の意味というのはすごく大事だと思っています。
だから、語源を極めるのはすごく好きですね。

そういう意味では、漢字の造語能力はすごいと思っていて。
「ヒストリア」というヘロドトスの言葉を「歴史」という
漢字に当てはめているわけですが、
「歴」というのは、軍隊の進んでいく記録の意味ですね。
「史」というのは、国の大きな物事を決める時に、
天の神様に祈った言葉を書き記したことですよね。
だから、この「歴史」という言葉を「ヒストリア」
にあてた造語術はやっぱりスゴいと思います。
商の時代の、古代の世界では、
祈って、兵隊を動かして、国を作っていたわけですから。

言葉っていうのは、言葉の意味がわかっていなければ
正しく使うことは出来ないので。
議論をする時にすぐわかると思いますが、
定義をちゃんと決めておかなければ、
議論がバラバラになってしまう。
だから、さっき言ったような、「役人」とは何ですか、
ということを定義しないと、お互いに議論は出来ませんね。

そういう意味では、およそ
英語に直せない議論というのは成り立たない、
世界に通用しない、ということですね。
定義もはっきりしていないし、説得出来ないわけです。

本を読む時には、
線を引いたりされるんですか?


これは、人によるんですけれども、
線を引く人もいいと思います。
でも僕は、本に対するフェティシズムが昔はあって、
要するに初版本を買ってきて、手を洗って読む、
というイメージだったんで、線は引かないですね。
頭で理解するまで何回も読み返すタイプです。
でもそれは、皆さんの好き好きで、
どんな読み方でもOKと思います。

マンガは読みますか?

読みます。
僕の愛読書は「サザエさん」と「いじわるばあさん」です。
ちょっと古いですね。

先ほど、電車の中で読まれるという話しでしたが、
こういう環境が読みやすい、というのはありますか?


環境はやっぱり、ご飯をいっぱい食べて、たっぷり寝て、
元気がいい時に静かなところで読むのが一番ですね。
何でもそうですね。

でも、そんな理想的な時間など、現代人はあんまりないですけれど。
本を読むって体力がいるんですよ。
人と会う時とおんなじで、真剣勝負しないと、
相手からも返ってこないんで。

どんなことでも、学ぶっていうことは体力いるんですね。
スポーツの練習と一緒で、流して身につくはずがないんですよ。
読むからには、何でも真剣勝負だと思いますね。

では、、そろそろ時間となりましたので、
質問の時間は、ここで区切らせていただきます。
もし、まだ質問をしたいことがあれば、
この後の懇親会の時間にも、
直接出口さんにお尋ねをしてみてください。

もし質問があれば、
メールやtwitterで質問していただいても大丈夫ですから。

本日は、本当にありがとうございました。
最後に、出口社長に大きな拍手をお送りください。

(拍手)
(2012年8月 渋谷「co-ba library」にて)

清水宣晶からの紹介】
出口さんに「本の話しを聞かせてください」とお願いしたのは、そのお話しの面白さと、人柄に惚れ込んだことがきっかけだった。出口さんのお話しを聞く時、僕はいつも、その圧倒的な知識量と、ユーモラスな語り口に惹きこまれて、時間を忘れるほどに夢中になってしまう。
実際にお会いした時であっても、twitterの上であっても、分け隔てなく誰の話しにでも耳を傾け、時間の許す限り対話をする姿勢を持っていて、その真摯な人柄には、出会った人すべてをファンにしてしまう魅力があると思う。

出口さんは、保険やビジネスのことはもちろん、歴史や宗教、美術など様々な分野について深い知識を持っている方で、ベースには幅広い読書があると伺っていた。
その、本の読み方や、それをもとにした思考の方法を知りたいと思い、ご自身の「読書論」をテーマにお話ししていただけませんかとお願いして、今回の公開講座をお引き受けいただくことになった。

出口さんの本領が発揮されるのは、質疑応答のようなフリートークの時だ。どんな問いを投げかけられても、それにふさわしいエピソードを即座に引き出し、穏やかに説きながら相手を深く納得させる様子を見ると、このインプットの蓄積と人間力にはとてもかなわない、と思い知らされてしまう。
こういう大人になりたい、と思わせる出口さんに出会ったことで、これから先、40代、50代と自分を磨いていって、その視点と見識をいつか共有できるようになりたいという気持ちが、今、自分の中に強く根付いている。

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