岩崎久美

岩崎久美(いわさきくみ)。1976(昭和51)年12月20日、埼玉県生まれ。埼玉大学卒業後、出版社入社。書籍編集部に所属し、数々の本を編集。退職後、有限会社 私には夢があるの設立メンバーとして働く。セミナーの司会から運営に携わり、現在、心理学やカウンセリングを中心とした研修にも携わる。講演も多数。04年12月取締役社長に就任。08年2月社長退任後は、取締役に。09年04月退職。

子どもの頃の岩組

(清水宣晶:) いわくみは、子どもの頃のツラい思い出とか、トラウマになるような出来事ってのはなかったの?

(岩崎久美:) そうなの。思い返せば思い返すほど、幸せなことしか出てこない。私って、本当に幸せだったんだなあって思う。

反抗期はあった?

何かイライラするっていうような反抗期は一応あったんだけど、家族の人たちもそれを受け入れてたし、自分の中でそれは消化されてたんだよね。
私、子どもの頃は結構いじめっ子で、思ってることもはっきり言っちゃうから、周りの人とかを傷つけること多かった。
思春期を迎えたころに、そういうことを言われるとショックなんだな、って気づいて、それからは、やめるように心がけているのだけど。
だから、誰かから「私、昔いじめられてて」っていう話しとかを聞くと、そのたびに、反省する。私が子供のころ、きついことを言ってしまった人たちは、いまも、こうして覚えているのかもしれないなって、もう一度、心にとめようって思う。

そうか。大人になってからそういうことに気づいたんだな。
子どもの時って、やりたいことってあった?

本の編集とか、すごくやりたくて、文集の編集委員なんかもやってた。

本は好きだったの?

今は仕事の本ばかり読んでるけど、子どもの時は、図書館で本を借りたりして、今よりもよく読んでた。

大学に進む頃は、何かやりたいって思って進学したの?

その時は悶々としている時期で、何かが好きっていうはっきりしたものはなかった。大学入試の時には、日芸を受けたりもした。

日芸も受けたんだ!?何をやろうとして受けたの?

映画とか、ドラマとか好きだったからさ。そういうのも興味あって受けたんだけれど、別にそれまでそういうことを専門に勉強してたわけでもなかったから、結局受からなくて、たまたま受かった、教育学部に入った。
心理学にも興味あって、自分にトラウマがなかったから、「子どもの頃の心の傷って何?」っていうところから、逆に興味が出てきたの。

そうかー。心理学をやる人って、そういう経験がある人とない人、どっちが向いてるんだろうなあ。

ね。傷ついたことがあったり、辛い経験がある人のほうが人にやさしく出来るって、私は、思っていて、でも、私は、そういう経験がなかったから。だから「24人のビリーミリガン」とか読んだり、勉強したりすることで、少しは、相手の気持ちを考えられるようになったり、やさしい人になれるかなって思っていたんだと思う。そういうことでカウンセラーに興味あって、それで心理学科ばかり受けてたな。

お父さんやお母さんって、「久美子にはこうなってほしい」っていう希望は何か持ってたの?

あー、、別にほとんどそういうのはなかったんだけど、大学には行きなさい、とは言われた。18歳になるまでは、門限とか、テレビを見ていい時間とか、細かいことをたくさん言ってたんだけど、家を出た後はホント、好きにさせてくれてた。

まったく干渉しない両親なんだなあ。
結婚してからはますますそう?

うん、ますますそうだね。
結婚する前は、こっちが、まったく電話しなかったり、まったく実家に帰らなかったりで音信不通になってた時期があったんだけど、結婚してからは、よく帰るようになったし、やりとりは多くなったと思う。

全体的に、すごくおおらかに育てられたんだね。

うん、そんな感じだから、子どもの頃に心の傷とか受ける要素はなかったの。

自分を成長させたい気持ち

あっきーってグチとか言うことないの?私って、どうしても、ついグチっぽくなっちゃう。後になってすごく考えることが多い。さやちゃんとか、あっきーとか見てると、そういうこと思ってないように見えるんだよね。

そうだなあ。オレは、出来ないことは考えても仕方がないって、割り切っちゃうからかな。

そうすればいいのかな。だから前の会社の話しとかもさ、自分のダメだったところとか、どうしてもダークな側面の方に目がいっちゃうんだよね。ホントは楽しいこととかもたくさんあったんだよ。

え!?そうなのか。それは確かに、楽しいところはあんまり伝わってこなかったな(笑)。
その、いわくみの、つい自分のダメなところに目がいってしまう性質ってどこから来てるんだろうね。それは結構、いわくみのベースの要素として常にある気がするな。

それは自分にしか興味がないからじゃないかな(笑)

んー、そういうふうに自分に興味を持てるってのも才能だよな。
言葉を変えれば、あんまり人に余計な世話をやいたり、他人の事情に口を突っ込んだりすることもないってことじゃない?

でも、私は色んな人に世話をかけてもらって、成長してきたから、それをお返し出来ないっていうことは申し訳なく感じる。

自分を成長させることにスゴく熱心なんだな。
それは、自分のことも出来てないのに他人に影響を与えようとすることよりは、よっぽどマトモなことな気がするな。

そうか。じゃあ、そこは変えずにそのままで。

岩組の中の世界

岩組は、ちゃんと自分だけの世界っていう部分を、いろいろ持ってると思うんだよな。
たとえば「お笑い」とかさ、プライベートな領域で自分の好きなことについての話しを、あんまり人に言わないでしょ?それは何でアピールしないの?

それは人を見て、あんまり興味なさそうだったら、そういう話しはしないからじゃないかな。相手が興味がなくて共有出来ないことだったら、話しをしても相手も自分も楽しくないじゃない。

人と共有したいっていう動機からではなく、本当に自分だけがやっていて楽しいっていう世界はある?

ああ、ある。私、フォークソングはすごく好きなんだけど、そのことは誰にも話したり共有したりしたことはないなあ。発信したほうがいいのかな?

うん、意外にひっかかることあるかも知れないね。「それ、実は私も大好きなんです!」みたいな人が出てくるかも。

そうだね。じゃあまず、フォークソングを、あっきーと共有してみよう。今、ネットってつながる?
(インターネットで、岡林信康氏作詞の私達の望むものは」の「歌詞を検索する)
こういうのが、好きなわけ。
この曲がスゴいと感じるところは、最初の部分は、
「私達の望むものはあなたを殺すことではなく、
私達の望むものはあなたと生きることなのだ」
って普通に、そう、そうだよねって感じなのだけれど、
最後に、「生きること」と「殺すこと」が逆になってて、「えっ?」ってびっくりするの。どうしてそういう風にしたんだろうって。
人って、本当にそう思ってしまう時があるのかもしれないってことなのかもしれないし、実際の戦争を批判する気持ちを込めてるのかもしれないし、殺すというのは肉体的なことではなくて、精神的なこととか主張のことかもしれないし。
これを作った人が本当に込めた意味は、わからないのだけど。
人に共有しないのは、そういうところが勉強不足で、今、魅力を語ろうとしても、知ったかぶりになってしまって、本当に詳しい人から見ると、おかしなこと言っているんだろうなって思うから。
でも、こういうドキッとする歌は、好き。

そう、岩組ってそういう、文学的な感性を持ってるんだよな。
この前、演劇の脚本をいわくみが作ってたけど、芸術的な部分へのこだわりって結構あるんじゃないの?

うん、好きは好き。今回、やってみて感じたのは、とにかく、勉強不足だってこと。
文学的感性を持ってるって言ってもらえると、すごく嬉しいんだけど、そのわりに、まったく本読んでないから、そういう教養がないの。
もっとたくさん演劇を観てみたいって思ったな。だから、そういうのやってみたいのかな。

どうなんだろうね。岩組は、自分がやりたいからやるんじゃなく、他の人がやるから自分もやるっていう時があるじゃない?

うんうん、そういうところあるね。
たとえばダンスとかは、確かに、他の人がやるから自分がやりたいって思ったんだけど。演劇はそれとはちょっと違う感じがしたんだけど。
うーん、でも一緒かな。本当に好きなことって本当は、気付いたらやっちゃってるって事だと思うから。今、もう、やってないってことは、やっぱり、人がやってたから、一緒にやりたかっただけかも。
(2008年1月 自由が丘「自由亭」にて)


清水宣晶からの紹介】
岩崎久美(岩組)は、話しをすると相当面白い。
岩組は、自分自身が講演会の運営をしているということもあって、自分自身もたくさんの講演会に参加して、色々な人の話しを聴いている。そして必ず最前列に座って、うなずきながら一生懸命に講演者の話しを聴く。それは、彼女なりの方法で、何百冊の本を読む以上の知恵を吸収している時間なのだろうと思う。
その積み重ねがあるためか、見た目からはまったく想像出来ないほどの広大なインナースペースを内側に隠し持っている。自分の主張や意見などなさそうなフリをして、しっかりとした自分の価値観や考えをベースに持っている。
だから、何を話しても、彼女なりの視点からレスポンスが返ってくる。それは時に常識外れな意見だったりもするのだけれど、そういう、オリジナルな答えを聞けるからこそ僕は、岩崎久美に話しをして良かったと思えるのだ。

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