山口絵美

本と考えごとが大好きな何でも屋編集ライター。

舞台俳優を目指し、高校時代には某劇団に所属、某テレビドラマにちょっとだけ出演。
その後、女子大に通いながら夜間の俳優養成学校に通うなど邁進するが、あるときハッと現実に目覚め舞台俳優の道をあきらめる。
女子大ではのびのびと心行くまで源氏物語を研究して卒業。
その後は某化粧品会社に就職するも、「自分にしかできない何かがしたい!」と思い立ち退社。
「自分にしかできない何か」をカタチにするため次の会社で働きながらライタースクールに通い、モノ書きを目指す。

現在は、教育関係の取材記事、文章校正、俳優さんへのインタビュー…などなどなど、“何でも屋編集ライター”として活動しています。
(2009年5月 下北沢にて)

源氏物語の奥ゆき

(清水宣晶:) じゃあ、ちょっと、
インタビューさせてもらってもいいですか?

(山口絵美:) わーーい、わーーい!

そこまで喜んでもらえるってのは、
なんだか嬉しいよ。

自分から、インタビューしてほしいって
志願する人ってのは、あんまりいないですか?

(笑)初めてかもしれないな・・。
えみっこには、まず、源氏物語のことを聞きたいな。
最初に読んだのって、いつ頃だった?

中学生の時に、円地文子さんの現代語訳を読んだのが最初と思います。
学校の授業って、
自分で考えさせるよりも、答えを植えつけることが多いじゃないですか。
でも、国語って、人に教えてもらうような教科じゃないと思っていて。

そうだよね。
作者の考えていたことや文章の解釈に、正解と不正解があるってのが
そもそもおかしいよな。

私、あんまり学校の勉強って熱心じゃなかったけど、
大学の卒論みたいに自分で自由で考えられるのは、すごく好きだったんですよ。
で、源氏物語って特に、自由に学んだほうがいいものだと思います。

うん、国語っていう授業は、
テキストをひたすら音読する、っていうことをメインにして、
解釈は採点をしないほうがいいんじゃないかと思うな。
源氏物語は、どういうところが好きだったの?

すごく、感情移入してしまったんですよね。
今でも本を読んでるとそうなんですけど、登場人物に入ってしまいやすいんですよ。

色んな人が出てくるから、共感しやすいだろうね。
どういうキャラクターに感情移入するの?

たとえば、源氏のお兄さんで、
帝にはなるんだけど、弘徽殿の女御っていう怖いお母さんの影響が強すぎて、優しい人なのにひっそりと陰の存在になってしまう人がいて。
そういう人にすごく感情移入しちゃう。

女三の宮のお父さんか。
また、ニッチなところに目をつけるなあ!

そう、源氏とかはスゴすぎて、逆に感情移入しにくいんですけど、
自分自身に合わせて考えられる登場人物が結構いて、そういう人にはハマります。

でも、そう考えるとスゴいことだよね。
書かれてから1000年以上経ってるのに、現代の人に共感されるなんて。

そうですね。
卒論で源氏物語のことを書くまでは、
単にその世界をエンジョイしてただけだったんですけど、
論文のテーマとして書くことになって、知れば知るほど、これはスゴい、っていう部分に気づくようになりましたね。

それだけの奥の深さがあるんだな。

物語として魅力的なのは、やっぱり、
光源氏の一人勝ちじゃないっていうところなんですよ。

そうだね。
主人公にも悲劇があるし、
因果応報というか、
人の奥さんに手を出したら自分も同じ報いを受ける、
みたいなシビアさもあるものね。

そう、そういう、複雑な味わいのある物語を
当時の人が描ききったっていうのは、スゴいことだったと思います。

卒論では何をテーマにしたの?

紫式部は、宇治十帖の主役を薫の君にすることをいつから決めていたのか、ってことを検証することにしたんです。

それは面白い!
どうやって考えるの?

薫の、幼少期の描写の形容詞を見ると、
あまり子どもには使わないもので、他の人では源氏にしか使われていない形容詞があるんですよ。

あー、なるほど。
それが、ヒーローを象徴する記号だと。
どういう形容詞なの?

聳(そび)やか、つぶつぶ、懐かし、恥ずかし、
っていう4つが、同じ時期の同じ人物に対して使われていて。
面白いのは、
「聳やか」と「つぶつぶ」は反意語で、
「懐かし」「恥ずかし」も反意語なんです。
(※注「恥ずかし」は、現代の意味と違って、こっちが気後れして恥ずかしくなってしまうくらい近寄りがたい、ということ)

そうか。
そういう、矛盾した形容が一人の人物に使われるっていうのも、なんか超人的な感じがするね。
えみっこの予想だと、どのあたりから薫が主人公として考えられていたと思ったの?

「横笛」っていう巻で、その形容詞が初めて薫に対して使われるから、
そのあたりからなんじゃないかと。

なるほどなあ。
オレ、本編よりも宇治十帖のほうが好きなんだよ。
ああいう、外伝的なところまで含めて一つの物語として完結するっていうのは、すごくよく出来てると思う。

大学の先生も、紫式部が本当に書きたかったのは宇治十帖だったんだろうって言っていて。
私もそれは、読めば読むほどそう思います。

「ときめきトゥナイト」も、
二部になって世代交代して、主人公が入れ替わるじゃない。
ああいう、歴史の積み重ねを感じさせる構成って好きなんだよなあ。

(笑)二部から、なるみちゃんに変わるんですよね。

そうそう!
そういう意外性も含めて、あの展開は熱かったよ。

心の振れ幅

えみっこが、よく本を読むようになったっていうのは、
小さい頃からなの?

自分で読んでたっていうのは、そんなに小さい頃じゃないんですけど。
それよりもウチは、母親が本をたくさん読んでくれましたね。

それは、いい育て方だと思うな。
小さい時に話しを読んで聞かせてもらったり、会話をしたりっていうのは、
その後のコミュニケーション能力にすごく影響あるみたいだよ。

そうみたいですね。
それはすごく、親に感謝をしています。

本を読む時って、
何を求めて読んでるの?
言葉とか、ワクワク感とか、そういうものでいうと。

なんだろう・・そう、妄想!
妄想したいんですよ。

(笑)妄想か。
それは、なんとなくわかるな。
といっても、ファンタジーを読みたいわけでもないんだよね?

ファンタジーが好きっていうわけでもない。
「十二国記」は好きだったけれど。

あのぐらいちゃんと、細かいところまできっちり世界観が作りこまれてないと、
妄想するにしてもイメージが湧かないってことかな。

そうそう。
あんまり現実そのままだと妄想する余地がないし、
といって、現実離れしちゃうと想像がつかないし。

その匙加減はあるよね。
面白い物語っていうのは、そこらへんのバランスが絶妙なんだな。
ビジネス書っていうのは読まない?

ほとんど読まないですね。
自分の考えとかを、人に指図されるのが好きじゃない。
ビジネス書って、「こうしなさい」って指図するじゃないですか。

あー、わかるなあ。
えみっこは、自分の意見をしっかり持ってるからね。

私って、陰か陽で言ったらどっちですか?

えぇ!?
答えにくいなあ、それ・・
まあ、、両方じゃないの?
(お茶をにごす感じで)

私、職場の人に、「どっちも半分ずつあるよね」って言われたんですよ。
普段がそんな感じだから、本を読んでる時は、心の振れ幅がギュイーンって振り切れた時に、すごく快感を覚えるんです。
だから、邦画とかでよくある、
「泣かせよう」としてる意図がみえみえなのは、あんまり響かないですね。

うんうん。
先の展開が予想出来て、その範囲を超えないから、
あんまり振れ幅が振れないってことだよね。

そう。すごい大作だったりする必要はないんですよ。
詩とかも、素敵だなあとか、キレイだなあとは思うんですけど、
ギュイーンってくるものではないのです。
詩は、読者に深く考えることを強要するでしょ。
なかなかツボにはハマらないです。

自分の世界

最近は何か、新しい趣味できた?

私、インドア派なんですよ。
登山とかやだし、
スノーボードとかサーフボードなんて、もってのほかだし。

もってのほか!
そういえば、アウトドア的なことをやってるのって、
聞いたことがないな・・

だから、私にとっては、ヨガやるのが限界なんです。
こないだ会社で、歓迎会でバーベキューやるっていう話しがあって、
雨が降ったからディズニーシーに行くことになったんですけど、
バーベキューだったらどうしようかと思って。

バーベキューもダメ!?

小さい時から、アスレチックとか鉄棒とかダメで。
すごくトロいので、何やるにも人の3倍、時間がかかってたんですよ。
だから、本とか絵を描くとか、一人で成立するものが好きだったですね。

スノボとか行くことになったら、どうするの?

まず、行かないです。
人に合わせるっていうのが、得意じゃなくて。

それは面白いなあ。
はっきりしてて、いいよ。

清水さんて、雑食じゃないですか。

雑食・・・
褒められてるのか、けなされてるのかわからないから、
とりあえず続きを聞こうか。

割りと誰とでも合わせて話しが出来るでしょう?

まあ、、合わない人とはなるべく一緒にいないようにしてるからってのもあるけど、
どうしてもダメな人ってのは、あんまりいないね。

私は、女の子同士でよくある、
裏では悪口を言ってるのに、
本人の前では「かわいいー」とか言ったりするような空気が本当に苦手で。
なかなか、場の空気に自分を合わせられないんです。

それは、個性というか。
自分の世界をちゃんと持ってるってことじゃないかな。

上手くまとめましたね(感心)。
でも、一緒にいて落ち着く友達はやっぱり、
ステンドグラス職人とか、自分の家をアトリエにして作品を作ってたりするような、
自分の世界を持ってるような人ですね。

文化系職人タイプって感じかな。

なんか今、話ししてて、
私もっと変な人になろうと思いました。

えぇ?
なんでまた?

なんか、私つまんない、って。
そもそも、このインタビューを清水さんからお願いされるぐらい、
変な人間にならなきゃ。

いや、みんなそれぞれ、
そのまんまで色々と変だから。
えみっこは、今のままで十二分だと思うよ。
(2009年5月 下北沢にて)

清水宣晶からの紹介】
えみっこは、自分の意見をはっきりと持っている。
話しをすると、話題があっちへ行ったりこっちへ行ったり、蝶々のようにフワフワするのだけれど、考えていることは浮ついていなくて、しっかりと自分の頭でじっくりと考えて、いいものはいい、キライなものはキライ、と揺るぎなく表現出来る素直さと強さがある。

本をよく読む人で、お互いに読んだ本の感想を言い合ったりすると、びっくりするぐらい細かいところまでよく覚えていて、僕が思いつきもしなかったような視点から目が覚めるような球をズバーンと投げてきたりする。そういう感受性がものすごく豊かで、えみっこの書評や映画評からは、とてもたくさんの気づきを与えてもらった。

半ばは、現実の国でしっかりとライティングの仕事をこなしながら、もう半ばでは妄想の国の中で、この小説を映画化するとしたら、あの人とあの人をキャスティングして・・なんてことをしょっちゅう考えている。
この不思議なブレンドは、明らかに余人には到底真似出来ない独特なものなのだけれど、当人にはまったくそういう自覚がないのが、一層おかしなところだ。

対話集


公開インタビュー


参加型ワークショップ