石井英史

神奈川県鎌倉市生まれ。子供時代をブラジルで過ごす。大学卒業後、会社員を経て、ワインに魅せられレストランでサービスの仕事につく。ラシェットブランシュ、ナディア、コートドールなどでの勤務を経て、地元鎌倉に古い民家を改造したワインバー「beau temps(ボタン)」を2007年12月にオープン。趣味の自転車で欧州各地のワイナリーをまわり、2002年にイタリアでのワイン造りにも携わった経験を持つ。日本ソムリエ協会認定ソムリエ。
(2008年2月 長谷「beau temps」にて)

本を読むようになったきっかけ

(清水宣晶:) 石井へのインタビューは、もう、基本的な部分はひととおり知ってるから、何を聞こうか迷うな。
やっぱりでも、本のことから聞こうかな。
本を読むようになったきっかけって、何だった?

(石井英史:) 中学、高校とかまでは、あんまり読んでなかったと思う。
マンガじゃないものを読むようになったのは、大学に入った後だと思うよ。

やっぱり四大(ESSでやっていた四大学英語劇)がきっかけなのかな?

そうだね、芝居をやるようになってからじゃないかな。
演劇論とかを読む必要があって、周りでも色々そういう本を読んでいる人がいて。
最初は、鴻上尚史とか中島梓から入った気がするな。

そこらへんは、大学生の時に石井に薦められて、オレもだいぶ影響受けたな。
あれは、オレの読書の、大きな分岐点になったと思うよ。
池田晶子みたいな、哲学系の本ってどこが入口だったの?

一番最初に読んだのは、多分、鷲田小弥太 じゃなかったかと思うんだけど。
そういうのを2、3冊読んで、なんか哲学、っていうのは自分の中にすっきり入る気がしたんだろうね。
で、三田の生協で、「帰ってきたソクラテス」が平積みになってて。

あの本は、面白かったね。

そう、それで、手に取って買ったんだったと思う。

今は、物事を考える上で、本から受けるインスピレーションって大きいの?

今は、仕事にしてる、ワインからが多いかな。
最近はあんまり本を読めてないし。
ワインは、ただ美味しいとか、飲み物であるというだけでなくて、
農作物だったりするし、経済的、文化的なものだったりもするし、精神的な部分もあるしね。

なるべくワインを通して考えるようにしてる?

うん、なるべくそうしてるのかもね。
一つのことを突き詰めることで世界を見られればいいなあ、という風には思っていた。

色々なところに行くんじゃなくて、
今いる場所を掘り下げることで、考えようとしてるんだな。

仕事にしているからには、
そうしないと面白くない、とは思ってる。

外国で一つの街に長くいる理由

何をやってる時、ウキウキするの?

旅は好きだね。

ん?旅行?そんなに行かないじゃない。

普通の旅行はそんなにしないし、
あんまり行かないけど、行く時は長く行くでしょ。

たしかに、石井の、あの定住の仕方は異常だよな・・(笑)
何ヶ月も同じところにいるからな。
オレは、かなり飽きっぽいから、どっかの街に少しいたら、すぐまた別の街に行きたくなっちゃうよ。

オレは、あんまり飽きないな。
よっぽど興味がないところなら別だけどね。

まあ、現地で働いてた時はともかく、
パリとかイタリアで、ユースホステルにずっといた時あったじゃん?
あの時とか何やってたの?

散歩じゃない?
散歩、好きなんだよ。

あてもなく歩いてるんだ?

今読んでいる、宮崎駿が書いた本でさ、いい部分があったんだけど、
(本を取り出して)
東京を飛行船で飛んだんだって。
で、ずっと家が広がってて、それはどこの土地も誰の所有物、って決まってて、そういう風景を見るとニヒリズムにとらわれる、と。
だから、あんまり高いところから街を見るのは、人間の能力には合わないんじゃないかと思う、と。
それよりは、地上に降りて、目の前に気に入った散歩道が見つかれば、それがたとえ50mくらいしかなくても機嫌よく生きられる。
という風に言ってるんだよね。
そんな感じじゃないかと思う。
知らないところを歩いていて、ふと曲がると井戸があって、そこで人が集まって話しをしているとかさ。
そういうの、清水も好きでしょ?

すごく好きだね。
それもいいなあ、確かに。

で、どこどこにワインの旨い店がある、っていう話しを聞いたり、じゃあ今度一緒に行こう、っていう話しになったり。
そういう風になるには、一つの街で結構時間かかるんだよね。
本にある店とかを訪ねるのは簡単なんだけどさ。
いい店を知った後でも、一回行って終わり、とは思わないからね。
昼行くのと夜行くのは違うし、何回目かで行った時には店の人が親切になったりする。
だから、旅先で飽きるってことは、あんまりないねえ。

生きるエネルギー

オレは、今の自分の考え方とかのベースをたどった時、
大学生の時に、石井と話しをしまくってたってことが、やっぱり大きいんだよ。

あの頃は、すごく時間があったからな。
毎日、何をやってたんだろうね。

別に、どこかに行ったとか、何かをしてたわけじゃないんだよね。
近所の店とかお互いの家に行って、ただひたすら話しをしてただけなんだけど、当時話してたこととか、読んでた本の影響はすごく残ってると思うよ。

最近、割りと殻が固いみたいでさ。
本を読んでいても、あんまり奥のほうまで来てないような気がする。

でも、色々と感じることはあるでしょう?

そうだね・・
ただ、そこから何かを得て、自分の「生きるエネルギー」にするところまで来ていないんじゃないかと思って。

自分の中に入ってくるものはあっても、
それが何らかの行動に結びつかないってことかな。

そう、それが重要なところでしょ?

でも、あなたは、
行動とは関係なく自分の中に蓄積するタイプだから、別にいいんじゃない?

蓄積するのはいいとしても、
アウトプットにつながってないっていうのが、あまり良くないと思って。
勝間和代さんて人の本で紹介してる「ストレングスファインダー」ってやったことある?

オレはやったことないけど、
自分の特性が何かってのを判定するやつだよね。

それを最近やってみたんだけどさ、
資質の一番トップがね、「収集心」だった。

(二人、爆笑)

なんていうかそれ、、言い得て妙だなあ。
よくそこまでズバリと言い当てられるもんだよ。

何を、ってわけじゃないけど、
活かすとかそういうのと関係なく、ひたすら集めるタイプだ、と。

石井の部屋とか見ると、確かに「収集者」の部屋だからな。
でもさ、アウトプットにつながっているってのはベストではあるけれど、
そういう結果を考えずに、インプットに専念しているからこそ、わかるものもあるんじゃないかな?
アウトプットすることで、逆に、薄まったりとかさ。

薄まらないでしょ!

まあ、根拠があって言ってるわけじゃないから、
わりと無理があるフォローなんだけど(笑)。

やっぱり、アウトプットしないよりしたほうがいいだろうと思うから、しようとはしているけれど・・
人によって、向き不向きはあるよねえ。

あるある。
でも、ビジネス書に書いてあるノウハウみたいなのは、実践がないと意味ないけど、純粋な哲学の場合は、ひたすら内省のみで、アウトプットは無くてもいいかもしれないな。

そういう事柄のほうが、自分の中では、好きではあるんだけど、
社会で生きるエネルギーにする、というところには、あまり直接結びつかないんだよね。
それが、ツラいところで。

「生きるエネルギーにする」っていうのは、どういうことなんだろうな。
映画を観て感動する、とかっていうことだけではないんだね。

それを、血とか肉とかさ、
ちゃんと栄養になる「ご飯」に出来るかどうかかな。

ああ、「オヤツ」じゃなくってか。
吸収したものを、ワインを通して表現するってことは出来ると思う?

ちょっと難しいね。
オレが、そのやり方を見出せてないだけかもしれないけど。
まず、自分が作ったものじゃないっていうことが大きくて。

なるほど、それは大きいかもな。
自分自身は、ワインと人とをつなぐ中継地点だからね。

そういう人もいないといけないとは思うんだけど。
もっと生産者に近いところに立っていたら、また違ってくると思うから、
今は、旅に行くよりも、
好きなワインの醸造所に行きたいとは思ってる。

料理を作ってる時ってのは、どう?

料理はちょっと要素が多すぎて、コントロールしきれない。
俺が料理を作ってる時ってのは、だいたい店が忙しい時だからさ、
最大限にやり切ってる充実感はすごくあるんだけど、細かいところまで追求する余裕がないんだよ。
それよりも、店が始まる前に仕込んでおけるパンのほうが、手ごたえがあるね。

そうか!
最近、かなりパン作りにはハマってるよね?
パンを作るってのは面白そうだなあ。

違う意味で、コントロール出来ない部分があって、それも面白い。
酵母の発酵とか、温度の加減とか。

陶芸みたいに、「作っている」っていう感覚があるよね。
そういえば、パンに関して、
すごい出会いがあったとか言ってなかったっけ?

それも、偶然なんだけどさ、
休憩時間にパンを焼いていた時、たまたま店に立ち寄った人がいて。
パン屋の人だっていうから、ちょっと質問をしたら、すごく色々と教えてくれるようになって。
そこから、見えるものがガラッと変わって、世界がまったく違ってきた。

やっぱり、そういうのって、絶妙のタイミングで師に出会うようになってるんだよな。
ただ、何かに興味がある、とかだけじゃなくて、
それを実際に始めていて、具体的に壁にぶつかってるような時にさ。

やってないと、質問することすらわからないからね。
そのおかげもあって、今は、パンを作るというのが本当に面白い。
(2009年6月 大井町「ポワソンルージュ」にて)

清水宣晶からの紹介】
僕は、映画や本を見るとき、自分の視点とは別の角度から、「これは石井だったらどう思うだろう」という視点で考える。
いい本を知って、その良さを共有出来る人がいるというのは幸せなことだ。
同じ物を見て、同じ文章を読んだとしても、何も感じない人と、色々なことを拾い上げる人とがいる。それはその人が張り巡らしているアンテナの感度と本数によるものなのだけれど、その意味で、石井ぐらい感度の良いアンテナを持っている人はめったにいない。
石井は、物事に取り組む時にとても時間をかける。じっくりと腰をすえて、その本当のところを理解するまでは妥協しようとしない。もはや職人と言っていい。
そんな彼が鎌倉に作ったワインバーの店は、やはり細部に至るまでこだわりが見えて、本当に良い店を作ったものだと思った。
歩みはゆっくりでも、この先もきっと、自分が納得出来るまで良いものを作ることを考え続けているのだろうと思う。

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