田村祐一


東京の蒲田にて銭湯を営んでおります。
地下水と黒湯温泉を薪で沸かし、毎日ほっかほかのお湯を作るのがお仕事です。
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銭湯は実は熱いところだということを世にアピールするために
「銭湯部」なるものも主宰しております。
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銭湯の裏側に興味がある方!
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イイネ!押していただけるとちょっとうれしくてお風呂の温度があがります。

銭湯を儲かる商売に
日本人に愛される商売に
世界中の人に愛される商売に
あわよくば、宇宙人が地球で銭湯に寄っていけるようにすべく
日々精進しております。

よろしくお願いします。
(2012年7月 浅草「日の出湯」にて)

日の出湯の歴史

(清水宣晶:) ん、、今来てた人は、
Wi-Fiルーターを設置していったんですか?

(田村祐一:) そう、なんか、Wi-Fiが入ったみたいです。

でも、softbankにしか対応してないのかもしれない。
清水さん、携帯はiPhoneですか?

iPhoneですけど、これは、
ドコモのSIMカードを入れてるから、
使えないんじゃないかな。

SIMフリーのiPhoneって、
日本じゃ買えないですよね?

僕は、台湾から輸入しました。

ちょうど僕、再来週から、
台湾とシンガポールに行ってくるんですよ。


おお!
その間は、銭湯は休業になるんですか?

いや、前からここで働いてる方にお店をお願いして。
その方が、今月いっぱいで辞めるんです。

じゃあ、その前に、
海外旅行に行っておこう、と。

そう、
「今行かないと、一生行けないかもしれないよ」って言われて(笑)。
お言葉に甘えて、行かせてもらうことにしました。


銭湯っていう仕事をしていると、
なかなか、海外旅行は出来ないでしょう?

出来ないです。
ウチの親も、行ったことないですし。
ゴールデンウィークも、盆も正月も無いですから。

そうか、正月でも、
お風呂にはお客さん来ますもんね。

元旦が休みなだけで、
それ以外は、年末年始も営業します。

「日の出湯」は、
田村さんで何代目になるんです?

蒲田の店のほうは僕で4代目で、
この、浅草のほうは、もう、
どのぐらい遡っていいかわからないぐらい。
たぶん、12代目ぐらいだろう、って。

(笑)12代目!

最初に、この場所で風呂屋が始まったのが、
明治の初期か、江戸時代の終わりぐらいで。
戦争が始まって、その主人が疎開をするっていう時に、
曽祖父が買い取ったんです。

スゴいなあ・・。

戦争でも運良く焼け残って、
そのまま続けてるって感じですね。

今のこの、マンション型の銭湯にする前の建物は、
かなり古いものだったんですか?


昭和2年のものだったって言ってましたね。

てことは、、
関東大震災の直後の建物。

そう、やっぱり大震災の時に、
建物が一回潰れちゃったらしくて。
その時に建て直してから、ずっと同じ建物だったみたいです。

銭湯っていう商売に限らず、
4代目っていうのは、なかなか珍しいですよね。

そう、だいたい、
家業っていうのは3代目までって言いますから。
ウチは、まだ父親が現役で働いてるので、
正確にはまだ3代目なんですけど。

同世代の人って、
他にも結構いますか?

いや、僕が今までに会ったのは、
高橋さん(「清水湯」3代目)と、
栗田さん(「梅の湯」3代目)だけですね。
他にもまだ、いらっしゃるとは思うんですけど。

田村さんは、今まで、
どこかに就職したりはしなかったんですか?

しなかったんです。

おお!
てことは、もう、
生粋のお風呂屋さん?

そう、
だから、割りとレアな例だと思います。

家業を継いでる人に話しを聞くと、
いったんどこかの会社で働いてたとか、
最初は継ぐつもりがなかったってこと、
結構ありますね。

僕は、そういう人のほうが強みがあると思うんですよ。
ちゃんと社会にも出てるし、
自分の家のことを客観的に見られるし。

銭湯を継ぐということ

田村さんの場合は、最初っから、
いずれは自分が継ぐっていう心づもりだったですか?


そうですね。
でも、僕の場合、そんなカッコいいもんじゃなくて、
働きに行くのに電車に乗りたくないとか、
サラリーマンっていうものがあまりピンとこなかったんです。

ぶはははは!
サラリーマンがピンとこなかった。

「親父を超えたくて」とか、
カッコいいことが言えればいいんですけど、
そういうのは無くて、ただなんとなくなんですよね。
高校卒業ぐらいの頃、ここを建て直すっていう時、
父親に、「お前、継ぐの?」って聞かれて、
「うん、いいよ」って。

お父さんも、建て替える時、
ちょっと気になったんでしょうね。

父親も母親も、
「やりたくなければやらなくていい」って言ってたんですけど。
「俺も景気良くない時に継いだけど、お前の代はもっとひどいよ。
でも、それは、お前が自分の意思でやることだからね」って。

俺はあんまりオススメしないけどね、と。

おじいちゃんとおばあちゃんは、違いましたね。
小さい時から「お前は、お湯屋をやるのか?」って、
ずっと僕に聞いてました。


おじいちゃんは、やっぱり、
継いでほしかったんでしょうね。

そんな感じでした。
でも僕は、もし、自分の子供にやらせるかって言ったら、
「やらないほうがいいよ」って言うような気がします(笑)。

それは、苦労をかけたくないっていう
気持ちからですか?

面白いかどうかって、その本人の捉え方だと思うんですけど、
この仕事は、そこまで社会に必要とされてるのか?
って、よく考えますね。
それでぐるぐると考えて、結局、
「もっと稼げる商売にすればいいんだ」と思って、
今、頑張ってるところなんですけど。
そう考えたら、会社勤めを経験してたら、
継いでなかったかもしれないですね。
給料とか待遇を考えたら、決して楽な仕事ではないですから。

お風呂屋っていうのは、大変な職業だから、
我慢強い人じゃないと出来ない、とは言いますよね。

言いますね。
ほんとに、イノベーションを起こすぐらいの気持ちで
やっていかないと、続けられないですね。
僕にその覚悟があったかっていうと、
継ぐ前には、そんなこと考えてなかったんですけど。

継いだからには、もう、
なんかしないといけない、と。


もう、やるしかない、みたいな。
自分で変えなければ何も変わらないと思ったんで。

銭湯をやってて、他の仕事にはない、
面白いことってありましたか?

銭湯をやってるって言うと、
みんな面白がってくれるっていう、
ネタとしての面白さはありますね。

それは、あるでしょうね。
「え、何?4代目なの?」っていう。

あと、どんな職業でもそうですけど、
「ありがとう」って言われるのはいいですよね。

客商売は、特にそうでしょうね。
こんな、たくさんの人が、
向こうから次々にやって来るって、
めちゃくちゃ面白いでしょう。

面白いです。
毎日のように顔をあわせる人っていうのは、
結構いますね。

しかも、一人ひとり、独特なプロフィールがありそうな。
僕がここにちょっと座ってた間だけでも、
濃いネタ持ってそうな人が、かなり来たし。

ここらへんは下町で、
職人さんとか、元職人さんとかも多いと思うんですよ。
だから、皆さん、話しを聞くと面白いと思います。

これからの銭湯を考える

田村さんは、結構、
他の銭湯にも入りに行くんですか?

僕は、全然行かないです。

あ、行かないですか!


この前、妻と話しをしてて、
「俺らって、銭湯好きなのかな・・?」
って話題になったんですけど。

(笑)そもそものところ。

そんなに好きではないよね、って。
だから、僕は、高橋さんとか栗田さんのような、
銭湯愛があるタイプの主人には、
自分はなれないって感じてるんです。

でも、だからこそ、
客観的な視点で銭湯を見れるっていうのも
あるんでしょうけどね。

もしかしたら、
そうかもしれないですけど。

今の人口を考えると、
銭湯に縁がある人と、ない人の割合で、
圧倒的に「ない人」のほうが多いじゃないですか。
だから、その、一般の人の視点は大事と思います。

僕の感覚だと、
地域のコミュニティーの中心を銭湯にするのは、
ちょっと不安があるのかなって思ったんです。
裸はいやだな、恥ずかしいな、って思う人が、
僕らの世代では多いんじゃないかと思うんですよ。

世代の感覚っていうのはありますよね。

僕自身、お風呂入る時は、
みんなと入るのもいいんですけど、
一人で入るほうがいいっていうのが本音なんですよ。
あんまり落ち着かなくて。

わかります。

一人で銭湯に入るのは好きなんですけど、
友達と入るっていうのは、ちょっとどうかなーと思っていて。
僕、まだ、思春期なんですかね。

ぶはははは!
まだ、多感な年頃なんでしょう。

妻に聞いても、そこは同じ感覚で。
入るのはいいけど、一人のほうが落ち着く、って。

うん、それはあるでしょうね。


僕は、洗い場で、隣の人との間に、
仕切りがあったほうが落ち着くと思うんですよ。

ああ、個別にスペースが
区切られてるほうがいいんじゃないか、と。

泡が跳ねるんじゃないかとか、
気を使いながら風呂に入るって落ち着かないし、
あとやっぱり一番は、恥ずかしさですね。

若い世代は、
小さい頃に銭湯に行ってたわけじゃないから、
まず、銭湯自体、馴染みがないですよね。

小さい時は、僕は、毎日入ってたんですけど。
すいてる風呂っていうのが好きなんです。

でも風呂屋としては、
すいてる風呂じゃ商売にならないし。

(笑)そう、どうしたもんかなーと。
そこは、すごい葛藤があるんですよね。

田村さんが始めた「銭湯部」っていう活動は、
どういうきっかけで始めたものだったんですか?

あれは、今まで銭湯に来たことがない人に、
銭湯にもっと来てもらおうと思ったんです。
その、きっかけ作りをしようと。
「銭湯って、来たら結構面白かったね」ってなって、
地元の町に帰った時に、
どこか銭湯入ってみたいなって思ってもらいたいと思って。

その、銭湯に来たことがない人が、
銭湯に来るきっかけがあるっていうのは、すごくいい。

でも、実際にやってみたら、
初めから、銭湯が好きな人が多かったんです。
ちょっと、そこは思ったのと違う方向にいったかな、
と思いました。

そうか、もともと銭湯が好きな人が、
集まったんですね。

全然それが悪いわけじゃなくて、
「銭湯」っていう言葉をいろんな人の頭に
残せたっていうこともありましたし、
やって、すごくよかったんですけど。
でも、やっぱり、銭湯に初めて来たっていう人に
もっと来てほしかったっていうのは、あります。

うんうん。

やらないよりは、やったほうがいいんですけど、
銭湯業界を活性化させるところまでは結び付けられなかったな、と。
もっとインパクトあることをやらないと、とは感じたんですよ。

銭湯に来る層自体を広げていかないと、
お客さんの数は、なかなか増えないですよね。


僕は、銭湯って、
町の情報の発信源になったら
いいんじゃないかなと思っていて。

おお?
町の情報っていうのは?

あそこに店出来たよとか、あのパン屋美味しいよ、とか、
地元の情報が集まってる場所になったら面白いんじゃないかな。
その情報って、どんどんストックされていくじゃないですか。
引っ越してきた人も、まず最初に銭湯に行けば、
地元の情報が手に入る、と。

それはいいなあ。
インフォメーションセンターみたいな感じですね。

この浅草みたいな観光地だったら、
観光案内所もあると思うんですけど、
普通の町だと、そういうの無いじゃないですか。
このへんで上手いラーメン屋ってどこなんだろう、
って思った時、地元の生の声を聴けたら、
銭湯が生み出せる価値の一つなのかなと思って。

それは、地元の人の生活の一部になっている、
銭湯だからこそ、出来ることですね。

じっくり考えれば、まだまだ、
銭湯でイノベーションを起こせることって、
たくさんあるんじゃないかと思います。
(2012年7月 浅草「日の出湯」にて)

清水宣晶からの紹介】
僕が最初に田村さんに会ったのは、「銭湯の仕事を体験する」というツアーに参加し、釜炊きや風呂掃除などを体験させてもらったことがきっかけだった。
「日の出湯」もまた、古い歴史を持った趣き深い銭湯で、その番台に座る、まだ若い田村さんの姿を見た時、とても魅力的なコントラストがあると感じた。

田村さんが面白いのは、自分自身が大の銭湯好きというわけではないことだ。
でも、だからこそ、田村さんの発想は、世間の若年層の感覚にとても近いところからスタートしていて、銭湯に馴染みがない人たちを、どうやったら銭湯と結びつけることが出来るかということを、かなり明確にイメージしている。

田村さんは、どんな客商売をやったとしても順応出来そうな、柔軟なホスピタリティーを持ちあわせていて、彼であれば、銭湯という業界の枠にとらわれずに、代々続く家業を更に拡張させていけるのではないかと思わせる、改革への意思がある。
これからの「日の出湯」と「銭湯部」の発展に期待して、笑顔でカウンターに座る田村さんと話しをしに、またふらりと立ち寄りたい。

田村祐一さんとつながりがある話し手の人


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